宴 〜忌憶〜-7
7 ぷつっ……!
理性のブチ切れる音が、はっきりと聞こえた。
「智佳!!!」
祐一は智佳を抱きすくめ、ベッドの上へ押し倒した。
智佳が抵抗しなかったのは、あまりにも急激な展開に思考がついていけなかったからだろう。
祐一は乱暴に智佳の唇を奪うと、強引に舌をねじ込んだ。
生々しい現実感を伴った、唇の味。
噛み付くようなキス。
引き裂かれるように脱がされたシャツ。
それから後の事を、智佳ははっきりと覚えていない。
ただ……ベッドを汚したくないからというような理由で祐一が何度も膣内で爆ぜた事だけは鮮明に覚えている。
腰の下に敷いた脱がされたシャツに、ピンクがかった精液が飛び散っていた事も。
そして……いつの間にか雨が止み、暇を持て余した胤真が遊びに来た事も。
「あ……!」
決定的。
智佳は、突然じたばたと暴れ始めた。
「嫌嫌嫌嫌嫌……!!」
「智佳!!」
胤真の声に、智佳ははっとした。
「かず、まあぁ……!!」
その顔がたちまち崩れ、激しくしゃくり上げ始める。
胤真は慌てて拘束を解いた。
泣きながら、智佳は胤真に抱き着く。
「智佳……!?」
「……ぉ……や……よぉ……!!」
泣く智佳を前にして、胤真と響子は理由が分からずに立ち尽くしていた。
「お……もい出したく……なかっ……に……」
「……!」
胤真が、目を見開く。
「新見」
吹き荒れるブリザードにすら勝る声に、智佳の元カレ―新見祐一はビクリと体を震わせた。
「智佳に……あの時、何をした?」
「……」
「智佳の処女を奪った時、何をしたのかと聞いてるんだが?」
「……」
「何故答えない?」
「……」
「答えられないほどにひどい真似を、付き合っていた女の子に対してしでかしたのか?」
質問する度に、声が絶対零度に近くなっていく。
「……よ」
「ん?」
「うるせぇよ!!」
胤真は、無表情だった。
智佳を抱いた格好のままで、はいつくばっていた祐一を無造作に蹴り上げる。
全く、容赦せずに。
「口のきき方に気を付けろ。M奴隷」
ごほごほと咳込む祐一の背中に、響子のハイヒールが食い込んだ。
「詳しい事情は分からないけれど……この子のおかげで智佳さんが泣いているのね?」
「ええ。新見の顔を見た事で、あの時封印した記憶が蘇ったみたいです……」
苦い口調で、胤真は告げる。
「顔を見て……それじゃ、私のせい?」
「いえ。葛城さんは挨拶回りで忙しいだろうし、鉢合わせする可能性は低いから大丈夫だろうと判断したのは俺です。俺の責任ですよ」
泣き続ける智佳を抱きしめてあやしながら、胤真はそう言った。
「……四年前、智佳と新見は交際していました。で、俺は偶然に智佳の破瓜直後へ居合わせてしまったのですけれど……断じて、あれはセックスじゃない。レイプだった」
胤真の言葉に、響子が凍り付く。
「レイプって……!?」
「状況証拠からの推測でしかありませんが……智佳は強引に迫られて、抵抗したんでしょう。両頬が腫れ上がるほどの力で殴打され、体中に噛み付かれた痕がありました。初めてなのに愛撫もされずに無理矢理体を開かされたらしくて、出血が止まらなくて……それでもこの男は、それに気付かず何度も智佳を犯したらしくて……」
胤真は、唇を噛み締めた。
「そんな忌まわしい思い出を残しておくなんて、被害者の智佳が可哀相じゃないですか……だから俺は、智佳に言い聞かせました。『新見との初体験は優しく済んだ』『体の傷は、俺のせいだ』とね。智佳も、その暗示にすがった……」
智佳の腕が、胤真の首に回る。
「新見と別れたのは俺のせいだと智佳の記憶につじつま合わせをされたのはちょっと心外でしたけど……たとえ俺を憎んでも、それで忌まわしい記憶が封印されてくれるなら俺の個人的な感情なんか、どうでもよかった」
智佳の体を抱きしめ、胤真は言う。
「思い出さない方が……よかったのにな?ごめんな……」
「そう……なの……」
響子は、唇を噛み締めた。
「あなた……釈明すべき事はある?」
ギリギリとハイヒールを食い込ませながら、響子は尋ねる。
「あるわけないわよね?好きな女の子をレイプするなんて思考回路のイッた子が、いまさら何を釈明すると言うのかしらね?」
「……葛城さん。大変申し訳ないのですが、その汚らわしい物体を智佳から離していただけませんか?」
名前を呼ぶ事すら厭わしいという胤真の態度に、響子はうなずいた。