生け贄はサンタクロース-2
「いやあ、この度はお世話になりました、先生」
「いやまあ、向こうの令状にも不備がありましたからね」
「いやいや、先生ならではの手腕です。感服いたしました。で、明日夜はクリスマス・イブという事で」
「残念ながら現行の法制度はキリスト教の教えには程遠いものです」
「先生に洒落たクリスマス・プレゼントをですね」
「いや、私は酒はやりませんから。いつかみたいにレミー・マルタンをダースで贈られても」
「まあ、先生のご趣味は伺っておりますので。ささやかですが」
「はあ。なんですかな」
「ははははっ、お・た・の・し・みって事でひとつ」
「言っておくが、くれぐれも無粋な真似はせん事だな。私は清廉な性格なんでね」
そんな話を交わした事すら忘れる程に事務所は忙しかった。
民事と刑事事件の狭間にあるグレーな弁護というものは思ったより多くの依頼が押し寄せ、株主と総会屋との調整まで手に染めている。
だから、自宅と繋がった事務所の秘書が色目を使って退出しても「良いクリスマスを」の一言も思い出すことは出来なかったのだ。
どこから借りてきたのか判らないくたびれたサンタクロース装束は借り物だろう。紅いボンボンの付いた帽子が額の傷をさらに険しく、陰険に演出している。
「なんの真似だね、ヤー公」
男は卑屈な笑いを浮かべて、引き攣れた面の皮をさらに醜く歪ませて微笑んだ。背中には薄汚い大きな白い袋を背負っている。
「若頭ぁからの、贈り物、でして。なんでも、こんな、もんが宜しいって、おっしゃいますんで。どっこいしょ、っと」
白い袋から転がり出てきたのは全裸の少年だった。
いや、首に紅いリボンが巻き付けられているだけの。
年の頃は11〜2歳? 力無くぐったりとまろびでて、毛足の長い絨毯に転がり落ちている。
男の子にしては長めの髪の毛はザンバラに切られ、ぞんざいだが、その姿態はなかなかに美しい。とりわけ背筋の筋肉が奇妙な色気を醸し出している。肌の色はオリエンタルな鳶色だった。
「こおれでえ、あっしの仕事は、終わり、なもんで。これから、土手、焼き、に行って焼酎でも」
新進気鋭の若手弁護士はゼニアのスーツからクロコダイルの財布を抜き出し、男の足下にひとつかみばら撒いた。男は眼の色を変えてその札束を掴むと、逃げるように去って行った。
弁護士は天井までぶち抜きになっている窓に映る自分の姿を視る。
その向こうには池袋という猥雑な街が蛍光色のネオンを放ち、今夜のクリスマス・イヴの喧噪がこんな高層ビルにまで届いてきた。
「で? 名前はなんという?」
「……み…ど……り…です」少年はまだ絨毯に貌を伏せたままだ。
「みどり。ふうむ。どんな漢字を書くのだ?
「翠。「すい」とも読めるそうです……若葉の、季節に生まれたから」
「ふうむ。今時流行なのかねえ「翠星のガルガンティア」とか」
「……ママは、そんなの。知らないからっ」
「で? 君は何でここに来たんだい? 」
「ぼくがっ。あの人達の所で「場所を荒らした」っていう、ば、罰です」
「君は何をして彼らを怒らせたんだい?」
「…………………………売、春、ですって」
弁護士はショーン・コネリーのように方眉を上げた。
これは要するに生活の糧を喪った児童、という事。俺の顧客には縁がない。
児童売春。それも明らかな小学生男児。
これが金で買われてここに送られたのなら明らかに犯罪が成立してしまう。
なるほど、あの手の男たちの考えそうな事だ。くだらん。
この「贈り物」を受け取ったという事でこの俺の足を掬おうと。
「で、いくらで買われたんだい? 10万か、20万か?」
「……い、い、一円、も、くれません、でしたっ。それはっ!あなた、から、頂けって」
この時点で児童売春は成立しない。なかなか考えたな。
しかし、だからと言って無料で済むわけもあるまい。
「…………ん。たとえばだな。君、フェラチオって知っているかな?」
「知っています!僕、とっても巧いってっ」
少年の鳶色の貌が輝くようにしてその独特の三白眼を光らせた。
鼻筋は美しく通り、唇は薄く奇妙な薔薇色。歯並びは真珠のごとく。首筋はしなやかで美しい。
背中に浮かんだ少年特有の天使の羽根が踊り、弁護士の股間を強張らせた。
「たとえばだな、君がそれをするのなら、いくら取る?」
「翠」という名の少年は再び口をつぐみ、唇を震わせた。
多分それだけで10万円は取るだろう。まあ、こんな綺麗な少年にだったらフルコースで200万円かそこいらだろう。いづれにしてもはした金。せっかくの聖夜だ。事務所の連中をニュー・オータニにでも連れて行ったと思えば。
「…………ご、五百円、ですっ。ふつう」
再び弁護士の方眉がショーン・コネリーのようにつり上がる。
これはどう頑張ったって幼児売春になりようがない。