第40話 『ささやかな狂気』-1
場面は湿実寮から移動する。
「と、とりあえず……どこか、他の人がいないところにいきましょうか。 人目につかないところ、人目につかないところ……アソコが良いですかね。 寮の裏に、ほとんど誰もこない草むらがあって、そこに古いベンチがあるんですよ。 あたしだけの秘密の場所なんですけど、22番さんでしたら、寮が違うから鉢合わせすることもないでしょうし」
「は、はぁ」
丁寧というべきか、丁重というべきか。 『絶対服従』を強制された2組生の22番より、『命令側』になった1組生49番の方が物腰が低い。 22番はやや面喰うも、素直に49番についていった。
ベンチは『湿実寮』からそう遠くない木陰にあった。 ひっそり、としか形容しようのない佇まいだ。 49番はベンチにそっと腰かける。 22番は、隣に座るのは気が引けたので、ベンチの脇に膝を揃えて腰を下ろした。
「はぁ……やっぱりここは落ち着きます……」
「静かで、気持ちがいいところですね」
「他の人に見つかるとややこしいから、今日はここでのんびりしましょう」
「のんびり……ですか。 あの、余計なお世話かもですが、大丈夫ですか? 私達が一日お仕えしなくちゃいけないみたいに、1組のみなさんも、それなりに命令しなくちゃいけないように聞いてるんでけど」
「うーん……別に、命令なんて……ねえ? あんまりされたくないですし、自分がされて嫌なことは、人にもしたくありません。 如いていうなら、一緒にのんびりしませんか? あたし、クラスでは浮いちゃってて、いつも一人だから……横に誰か、クラスが違う人がいてくれるだけでも気が楽なんです」
「ええっと……そういうことでしたら、私でよければ……」
「じゃあ『横にいて』があたしの命令ということで……んん〜〜」
そういうと49番は両手を上に伸ばした。 既に22番の首輪に繋いだリードは離していて、何か命令するような雰囲気でもない。 22番は、てっきり『アレしろ』『ナニしろ』と命令が矢継ぎ早に飛んでくると思っていたが、そうでないらしい。 怪訝そうにベンチ脇から見上げていると、他意なく49番から話しかけてきた。
「ところで、自己紹介がまだでした。 あたし、49番です。 一応、1組で委員長をやらせてもらってます」
「こ、こちらこそ。 私は22番、2組の委員長をしています」
「あっ、そうなんですか、委員長……同じ立場なんですかぁ。 奇遇ですねー」
「私もそう思ってました」
「委員長って大変じゃないですか? 一番しんどいし、一番あれこれ言われますし」
「……大変ですよね、お互いに」
敬語と敬語。 初対面ではあったものの、22番にしろ49番にしろ、丁寧な物腰が共通していた。 加えて『絶対服従』を強要しない姿勢は22番にとって親近感だし、22番の理知的な受け答えを嫌う生徒は極稀だ。 黙っているのも間がもたず、ポツリポツリと木陰のベンチで語らううちに、2人は次第に胸襟を――衿どころか服すら縁のない全裸ではあったが――寛げていた。
「22番さんは、クラスで上手くやれてるんですか?」
「う〜ん……どうなんでしょう? 4月と5月は毎日消えてなくなりたかったですけど、2学期になって、それなりにやれてるかなと思ってますよ。 49番さんはどうなんですか?」
「同じです。 一学期は……悲惨でした。 1組って陰湿なんです。 最初にトチってばかりだったから、多分あたしがターゲットにされたんだと思いますけど、とにかくみんなにイジメられて……。 12号教官も、多分あたしが嫌いっていうんじゃないんだろうけれど、みんなのストレスを露骨に誘導するんです」
「……私も覚えてます。 集会のたびに、49番さんだけ名指しで叱られて、みんなから叩かれて、大きな声で謝ってましたよね」
「そう……ずっとあんな感じでした。 クラスの中でも、外でも、いっつも悪いのはあたし、失敗するのもあたし、責任とるのも……もう、ほんとに集中砲火です。 誰も助けてくれないし、ただでさえ学園が生き辛いのに、どこにも居場所がなくなっちゃって、アハ……」
49番は遠い眼をしていた。
「……あの、49番さんって、6月に入ってすぐに何かあったんですか?」
「え……? どうしてです?」
「いえ、特にどうっていうわけじゃないんですけど、しばらく集会で見かけなかったので、気になってたんです。 確か、6月3日の月曜集会はいつも通りだったのに、5日の水曜にCグループ生が検査したときはいなくて……それから7月5日まで一度も見かけた記憶がありません。 それで、何かあったのかなって、気にはなっていたんです」
「……よく見てるんですねえ」
49番は呆れたようにベンチ脇の22番をみつめた。