02.来客-2
「ああ、いつも済まないね、亜弓ちゃん、面倒なことさせちゃって」
「平気平気。あたしも嶺士も海老フライ好きだから」
「亜弓ちゃんは」智志はその揚げ物を一尾取り皿に移した後、ワインを一口だけ飲んでグラスをテーブルに置き、亜弓に目を向けた。「あの頃から嶺士一筋だったのかな?」
亜弓はちらりと俺の方を見た。俺は軽く肩をすくめた。
「何事もなく、つつがなく結婚できてよかったな、嶺士」
智志が言って、手のグラスを持ち上げた。
「おまえが結婚式に来なかったのが唯一の心残りだ」
俺は自分のワイングラスを智志の手のグラスと触れ合わせた。智志は一気に自分のワインを飲み干した。
気の置けない親友と飲んでいつものように気分が良くなった俺は、智志が持ってきたワインのボトルが空になる頃にはさすがに眠くなってきた。智志は目立って口数が減り、時折俺をじっと見つめた。
「眠くない? 智志君」亜弓が言った。
「亜弓ちゃんは平気なの?」
「あんまり飲んでないからね」
亜弓はウィンクをして、グラスに残ったワインを飲み干した。
俺は壁の時計を見上げた。11時を少し過ぎていた。
「もう休むか? 智志」
「そうだな」
「隣の客間に布団準備してるから」
俺はそう言って立ち上がった。
「な、なあ嶺士」智志が緊張したような面持ちで俺を呼び止めた。
「ん? どうした?」
「客間で飲み直さないか?」
俺は智志と飲むのもしばらくできなくなることを思い、睡魔を振り切ってその誘いに乗ることにした。妻の亜弓がいない所で、俺と二人きりで気兼ねなく腹を割って話したいこともいろいろあるんだろうな、と俺は思った。
「ああ、いいよ」
俺はトレイに二つのグラスと乾き物のさきイカやあられの入った袋を載せ、智志に手渡した。そしてキッチンで片付けを始めた亜弓に目配せをして、冷蔵庫の横にあるかわいらしい黒い箱形のセラーから新しいワインを一本取り出し、智志の待つ客間に入った。
智志はボストンにある工場の管理を任される立場でアメリカへ渡ると言うことだった。ボストンは海に近いので、智志の好きな海老どころかでかいロブスターなんかも食えるな、と俺は陽気に言った。
しばらくするとさすがに眠気に勝てる気がしなくなり、俺はグラスの一杯目のワインを半分も飲まずに、畳の上に横になった。そしてすぐに眠りに落ちていった。
亜弓に身体を揺さぶられて目を覚ました時、智志は少し離れた所で一人で飲んでいた。
「ああ、すまん智志、俺もうだめだ、上で寝るよ」
「ごめん、そんなに眠いのに無理につきあわせて」智志は顔を赤くして申し訳なさそうに言った。
俺はめくれ上がったTシャツの裾を直し、ずり下がっていたジャージのハーフパンツを元通り穿き直してふらふらと客間を出た。
俺は亜弓に肩を貸してもらい階段を上がって二階の寝室に入ると、大きなベッドにバタンと倒れ込んだ。だがしばらくすると急に喉の渇きを覚え、俺は起き上がった。
ふらつく足で階段を降りかけた時、階下から何か囁くような声が聞こえてきた。俺は足を止めて耳を澄まし、そっとリビングの様子を窺った。