クラスメート-1
翌朝登校すると、担任の川島から真鍋由希子の欠席を告げられた。理由は体調不良ということらしいが、詳しい病状などはわからないと言う。
昨日はあんなに元気にしていたのに、一体どうしてしまったのだろう。遥香は一つだけ空いた席をぼんやり眺めながら、学校の帰りにでも由希子の家に寄ってみようと思った。
一人欠けた三年A組は、無神経と思えるほどいつも通りの雰囲気で、誰もが真鍋由希子というクラスメートのことを忘れようとしていた。そんなふうに何事もなく時間だけが過ぎていく。
帰りの学活が終わった後、遥香は担任の川島に名乗り出て、由希子のところに学校からの配布物を届けに行くと言った。
テニス部のほうにはちょっと顔を出すだけにして、顧問の円藤に事情を話して帰らせてもらうことにした。
それからもう一人、どうしても会っておかなければならない人物がいる。出来れば会わずに無視したいところだが、それだと内申に響くおそれがある。だからなおさら逆らえない。
白の上履きを踏み鳴らしながら遥香が廊下を歩いていると、ちょうど男子トイレから出てくる櫻井と鉢合わせになった。彼は手の中でハンカチを揉みつつ、神経質そうな目を遥香のほうに向けてきた。
「麻生さんじゃないか。部活はもう終わったのかね?」
「休ませてもらいました」
遥香は正直に答えた。そして、大事な用があって今日の放課後は残れない、と付け加えた。
すると案の定、櫻井は不愉快そうに口を曲げた。
「修学旅行のアルバム作りよりも大事な用なんだね?」
「はい。じつは今日、同じクラスの友達が学校を休んじゃって、それで私がその子の家にプリントを届けることになったんです」
「そうか。なら仕方ないな」
「すみません。明日はきちんと残ります」
櫻井の機嫌をうかがいながら遥香は言った。
だが結局、彼の感情を読み取るまでには至らなかった。普段から表情が乏しい上に、やはり見た目が化石そのものなので印象が古臭い。乱暴な言い方をすれば「ウザい」ということになるが、高校受験を控えている遥香たち三年生がそんな台詞を吐くわけにはいかなかった。
「さようなら」
あくまでも優等生を意識して遥香は下校の挨拶をした。
「さようなら。明日はしっかり準備しておくよ」
櫻井のほうもにこやかに挨拶を返してきた。
遥香が立ち去るまで、彼の視線はずっと遥香のセーラー服とスカートを行ったり来たりしていた。きっと教え子の裸を想像しているに違いなかった。