探偵、依頼受付中 【鏡】-1
ここは某県某都市の雑居ビルの五階にある朔夜探偵事務所の前。
スーツを身にまとった栗色の髪の女性が手慣れたように扉を開け中に入る。
「先生、おはようございます。起きてますか?」
この探偵事務所の所員である大継望の声が静かな所内に響く…が響いただけ。その声に応答する者はいない。
「先生まだ寝てるのかしら?」
そんな独り言を呟きながら望は応接室へ足を運ぶ。そして応接室内の黒光りする大きなソファーの上に彼女の探す人物はいた。
その名は朔夜命。紺色のくしゃくしゃなビジネススーツに身を包む長身の女性、この女性こそ事務所の所長である。
「先生…そんなところで寝たら風邪ひきますよ?」
望はあきれたように命に話しかけるが、当の命はまだ幸せそうな顔をして夢の世界から帰ってこない。ふと応接室のテーブルの上の見ると、浮気の調査書や隠し撮りしたであろう写真が乱雑に置かれていた。
(昨日遅くまで仕事してたんだな…もう少し寝かせてあげますか?)
望はそう思うと、奥から毛布を持ってきて命にかける。そしてテーブルの上に乱雑に置かれた書類を片付けはじめた。それが終わると昨日の内に自分に与えられた事務仕事に取り掛かる。
それから約5時間後。
『ポポッ、ポポッ……』
事務所備え付けの鳩時計が時刻を告げる。9、10、11、12。
「はぁ、もう十二時か。いい加減起こさないと」
望はため息をつき、命が寝ているソファーへと近づく。小さいソファーの上でどうやったのか、頭と足の位置が朝とは逆さまになっていた。寝ながらに中々器用である。
「先生!いい加減起きてください!もうお昼休みは〇きうきウォッチングな時間ですよ!」
望はとぼけたことを言いながら命を揺する。すると
「いい〇もー……」と急に命が声を上げた。
「先生、起きました?」
……。
寝言だった。
「せ、先生!」
「タ〇さん、ひどいっすよ…zzz」
(は?この人、夢の中では芸能人気取り?)
「だから、起きてくださいって!」
「ここで一旦CMです…むにゃむにゃ……」
(よりによって〇モさん気取り?)
この寝言によって望は命を起こす自信は無くなり、自分から起きてくれるのを待つことにした。
そして軽い眩暈を堪えながら自分の机に戻り、仕事の続きをはじめるのであった。
さらに数時間……。
窓から金色の西日が部屋の中に差込む。その輝きに刺激されたのか部屋のヌシがむくと体を起こした。
「おお、綺麗な朝日だなぁ」
「先生あれは夕日です。というか、この部屋から朝日は見えません」
望は命のボケにしれっとツッコミを入れる。
「望君、来ていたのか」
あくまでマイペースな命に対し、望は大きく息を吸い込む。
「先生、髪の毛ぼさぼさです、スーツ皺だらけです、スカートめくれています、寝る前にせめて化粧落としてください」
望はそこまで一息に言うと最後に力強くこう言った。