めんどくさい奴ら-1
黒沢が失脚してから寝床以外は変わりなく過ぎた三日後、帰り支度をしていた俺は社長室に呼ばれた。
「西田様ですね。戸田グループ会長の戸田からの使いで参りました。河村と申します。今回の件でお礼をと一席設けさせて頂きました。今からご案内しますので宜しくお願いします。」
ビシッとしたスーツ姿の男は名刺を差し出し深々と頭を下げた。
「何の事だ!身に覚えのない話しだ!断る!今日は嬢と嵌めまくる日だ!」
「に…西田君…。こ…言葉遣いを…。」
俺が男に背を向けると社長は慌てて俺の腕を掴んだ。
「お噂通りの方ですね。実に頼もしい。堅苦しい事は抜きでお付き合い下さい。」
「西田君、頼む!このとおりだ!いきさつはよくわからんが頼むから言われた通りにしてくれ!」
社長は社長室の入口をふさぎ頭を下げた。
「わかった!そのかわり俺の行きつけの店にしろ!精を付けないとな!」
「承知しております。ではお車に。」
訳の分からぬまま河村の車に乗ると、河村は誰かに電話をしながら車を走らせた。
「こちらのお店で。会長はすでにお待ちです。」
「何でこの店知ってんだ!まあーいいけどな!」
その店はいつも精をつける店で、男が何故ここを知っているのか、違和感を感じた。
店内は客は居なく、まるで貸し切りの様な雰囲気で、真ん中の席に俺と似たような体格の男が笑顔を見せ一人座っていた。
「お手数をおかけして申し訳ありません。この度、西田様のおかげで戸田グループ会長に就任しました、戸田龍之介です。」
その男は俺が席に座ると立ち上がり、頭を下げた。
「戸田グループって何だ?俺には何も関係ねえ!とりあえずニラレバ炒めとニンニクの素焼き食わせろや!」
「申し訳ありません。詳しい事はおいおいと。たらふく頂きましょう。」
ニラレバ炒め、ニンニクの素焼きをいつも以上に食い、ハブ酒もすすみ、戸田龍之介も楽しそうに話しをし始めた。
「黒沢親子を失脚させ、奴の会社をタダ同然で手に入れ、娘の由香の窮地をも救ってくれた恩人の西田様にこれくらいの礼では気がすまんよ!望みは何でも叶えてあげましょう。今の会社の社長でもいかがかな?」
『…由香。戸田…由香…。誰だそりゃ!はぁ!社長!?おっさん何者だ!ボケジジイか!?』
「何言ってんだ爺さん!俺に関わるとろくな事ねえぞ!俺は今の生活に満足しているんだ!馬鹿げた事言うなよ!」
「ハッハッハ!さすが由香が惚れるだけの器だ!ですが、ネットカフェでの寝泊まりは身体に良くない!とりあえずマンションを用意しておりますので、今夜からお使い下さいませ。」
『マンションだと!新手の詐欺師かー!俺の金目当てか!うさん臭いジジイだな!』
「爺さん、さっきから由香って言ってるけど、誰だそりゃ?」
「由香は私の可愛い一人娘です。おっ!来た来た!」
爺さんは立ち上がり、入り口に向かって手を上げると、入り口のドアが開き、聞いた事のある女の声が聞こえた。
「西田様、お父様遅くなって申し訳ありません。マンションの片付け終わりました。」
「デ…デカクリマンコ!何でお前が!」
俺は思わず口からハブ酒を噴き出し、由香の顔にぶちまけた。
「ハッハッハ!そんなに驚かなくても!そう言う事です。ご理解頂けましたか?」
少し間が空いたが、点と点を繋ぎ合わせるとやっと状況が見えてきた。
「西田様…。有難うございました。」
由香は俺の横に座ると、泣きながら抱き着いてきた。
「親の前で遠慮のない子だ。西田様、由香を宜しくお願いします。」
「何だそりゃあ!こいつには亭主いるだろ!まあー性処理道具なら考えてやるよ!」
「亭主とは半年前に離婚させてます。」
「えっ!お父様…。あの時書いた離婚届けを…。」
「彼は精神的な病で。由香には言ってなかったが回復の見込みがなく、私の判断で離婚届けを出したんだ。元は私が決めた結婚で、由香には辛い思いさせて済まなかった。」
「お父様…。お気になさらずに。私も子供を生めない身体で、お父様の期待に応えられなくて…。」
「おいおい。家庭の事情なんか聞きたくねえよ!ニラレバ炒めとニンニクの素焼きとハブ酒追加だ!」
「申し訳ありません。今すぐに。」
由香は慌ててオーダーし、皿に残ったニラレバ炒めを口に含み、そのまま俺の口に運んだ。
店の食材がなくなる程食い、由香がトイレに席を外すと、戸田龍之介の目付きが変わり話し始めた。
「西田様は娘にとって初めて惚れた男、覚悟は出来ているはずです。どうか娘の好きな様にさせてやって下さい。」
「めんどくさい奴らだ。俺は今の生活を変える気はねえからな。まあー親子揃って好きにすればいい。」
「有難うございます。ではこれを。」
戸田龍之介は手元の鞄からスマホと黒いカードを取り出しテーブルの上に置いた。
「上限のないカードとスマホです。西田様には私個人としても末永くお付き合い頂きたく、その証としてお使い下さい。宜しくお願いします。」
「個人的にだと!じゃあ二人で風俗でやりまくるか!爺さんも好きだろ!」
「ハッハッハ!その時は是非ご連絡を!では由香を宜しくお願いします。」
戸田龍之介は腹を抱え笑い、深々と頭を下げ先に店を出て河村の車に乗り込んだ。