第15話 『クラス応援旗』-2
一頻りクラスメイトたちが感想に興じたところで、22番さん、クラス委員長が15番さんの隣に進み出ました。 黒板にぶら下がっている15番さんの脇を支え、ゆっくりと黒板から下りるのを手伝っています。
「改めて、じゃじゃーん、私たちのクラス旗が完成しました。 みんな拍手〜!」
パチパチパチ……。 その場にいる全員がしっかり拍手した場合にのみ成立する、拍手特有の、力強いラップです。
「先輩方への日頃の感謝を旗にする、チツマンコとクリトリスで旗を描くことで牝性を出す。 一連のアイデアをだしてくれた2番さん、ナイスアイデアでした」
パチパチパチ。 先ほどよりは小さいものの、しっかりした拍手が響きます。
「簡単に消えないように、絵の具とは別にでクリトリス用に朱肉を用意してくれた29番さん。 教室の使用許可を貰って放課後にみんなで旗作りしようっていいだしたのも、実際に許可をお願いしてくれたのも含め、いつも2号教官と交渉してくれて、とっても助かりました。 我々一同、感謝感謝です」
パチパチパチ……心なしか先ほどよりも強めな拍手。 水を向けられた29番はというと、頬を赤らめてポリポリと頬を触っています。
「私達も頑張りましたよね、ね? 9月に入ってからずっと体育祭に集中、協力したからこそ、たくさん練習も出来たし、オマンコ臭くて素敵な旗が出来ました。 私たちみんなが自分のことを一旦置いて、クラス行事を優先させた結果です。 ということで、私たちみんなにも、拍手〜」
パチパチパチ……。 ニコニコしながらお互いを称える始末です。 Cグループ2組、やけに前向きで不思議なクラスだ、学園っぽくなくて、いい意味でも悪い意味でも俗っぽいクラスだと前々から思っていましたが、改めて違和感を上書きしました。
通常、学園の最下層として虐げられ、殺伐を極めるCグループ生活が終わるまでは、クラス内に笑顔なんて贅沢は許されません。 常に理不尽な命令に怯え、上級生や教員の一挙手一投足に緊張し、恥ずかしくミジメな自身の姿を直視できずに俯いたまま日々をやり過ごす。 それが普通のCグループ生活です。 自然体でお喋りして、積極的に行事に関わって、生徒だけで考えて行動しているとしたら――それならば『学園』というより『旧世紀の学校』という方が相応しい。 現代社会に役立つ生徒を養成する『学園』で明るく振舞うため超えなくちゃいけないハードルは決して低くないというのに、既に2組は乗り越えているとでもいうんでしょうか。
訝しむわたしを余所に、拍手が鳴りやんだタイミングで22番さんが切りだします。
「最後に、今更ですが、私たちを引っ張ってくれた体育委員、しんどい部分を全部引き受けてくれた『いちご』! 体育祭に向けてクラスが団結できたのは、100%いちごのお蔭だよね、ね、みんな。 今月のMVPは誰が何といってもいちごで決まり。 みんな、いちごに私達の気持ちを届けましょう〜」
パチパチパチ……!
割れるような拍手です。 22番さんの傍らで、両手を背中に回して股間の図柄をみんなに示していた15番さんが、うっすら涙を浮かべて頭を下げました。 なんでしょうコレ……普通にいい雰囲気というか、青春しちゃってるんですが、学園初年度からこんなムードでいいんでしょうか?
パン、パン、パン。
それまで黙っていた2番さんが、大きく掌を3つ叩き、みんなの視線が2番さんに集まりました。 パッと空気が切り替わり、心なしか緩み気味だった口許が締まっています。
「……と、浸りたいのは山々ですけど。 時間のことは忘れてないですよね。 2号教官にお願いしたのは7時まで。 夕食に認めて貰った遅刻は15分。 時計の針は6時50分。 つまり私たちに拍手なんかしちゃう時間があるかっていうと……?」
顎で黒板の上に据えられた時計を指し、苦笑して22番さんが応じます。
「……ない、ですかねぇ」
「ないに決まってます」
「ですよね。 よおし、ちゃちゃっと復元して、みんな寮までダッシュです」
「「おお〜〜!」」
どうやら掃除、片付が始まるようです。 放課後に居残りする生徒なんて、関わっても碌な事がありません。 特に指導が必要な不遜行為をしていたわけでもありませんし、元々興味本位で立ち寄ったわたしとしては潮時です。 そっと踵を返し、ガタガタと椅子や机を並べる2組から離れることにしました。
C棟を出たところで、向こうからやってきた2号教官とすれ違いました。 お互い軽く会釈して、そのまま通りすがります。 寡黙で、あまり感情を出さず、いつも物思いに耽っている印象な2号さん……どんなクラス運営をしてるんでしょう? あんなヘンテコなクラスになるなんて、よっぽどクラスで担任がはっちゃけてるか、それとも頭がオカシイ生徒が集まってるか、どっちかです。 個人的には後者だと思うんですが……もしかしたら前者なのかも。
そんな益体も無いことを考えながら職員室に戻りました。 ぼんやり窓の外を見ていると、いつの間にかC棟の燈は消え、まだ暗くなりきらない校庭を駆けていく生徒達が、
影が校庭の端から端まで伸びていました。