第14話 『前哨戦』-4
「……」
排泄に要した時間でもって生徒を選ぶつもりはない。 どうせ、予備ケーブル役なんてお飾りだろうが、万が一体育祭に支障を来たすことになっては不本意だ。 私は『79番』を選ぶことにした。 彼女なら、万が一体育祭に出場できなくなったとしても、出場数が少ないし、大切なパートは外れているし、他の子が穴を埋めるだろう。
コンテストは、3組、1組、2組の順に終了した。 全クラスを再度整列させ、第4姿勢(M字開脚)で待機させる。 まず3組担任から、体文字コンテストの結果が発表された。
「1組優秀者、55番。 その場第1姿勢」
「は、はいぃっ」
おずおずと抱えた膝を解いた生徒は、明らかに自分が選ばれたことに驚いていた。
「審査項目は、手足に均整がとれていること。 関節が柔らかいこと。 そして、身長が高いこと。 遠くから見て、文字が判別しやすい身体的条件を重視した結果です。 自分が選ばれたことに誇りをもち、必要とされたらいつ、いかなる場合においても対応できるよう、自分が『得点板』の資質に恵まれた覚悟をもって日々過ごすように。 みなさん、拍手」
ぱちぱちぱち……体育館に響く乾いた拍手。 次は2組だ。 優秀な椅子を発表するべく、1組担任が一歩前に出た。
「先に審査項目を知らせておきましょうか。 色々ありまして。 1つ目は目を閉じていること。 椅子に視覚は必要ありませんからね。 2つ目は、はしたなく口を半開きにしていること。 椅子には、場合によっては『痰壺』や『灰皿』役が付加されますから、口を閉じる、という発想そのものが不適切ですよ。 3つ目。 当然ですが、身動きしてはいけませんね。 座った人が心地よくいられるか、それだけが椅子の存在意義です。 貧乏ゆすりをされようが、肢で顔を踏まれようが、お尻を叩かれようが、いずれにしてもピクリとも動いてはいけません。 これは、みなさんよく出来ていたように思いますよ。 同様に口をきいてはいけないことも自明ですね。 息を殺し、気配を消すことは道具における十分条件です。 これらを総合的に判断した結果――」
すう、一呼吸の間を置いてから、
「2組、22番。 起立」
1組担任が選んだのは、やはりというか何というか、22番だった。
「はいっ」
22番が間髪入れず直立する。 パチパチパチ……! 先ほどの控えめな拍手と違い、大きな拍手が自然に2組の間から起きった。 第一に、みなが納得する人選だったからだろう。 かくいう私自身が一番納得している。 第二に、22番がクラスで積んだ人徳だ。 ささやかなコンテストとはいえ、彼女が称えられることに対して嫉妬する生徒が一定数いれば、こういう展開は生じない。
なるほど、1組担任は22番を体育祭中に呼び出すつもりだ。 確かに22番は個人競技に多く出場しているし、間違いなくクラスの中心だ。 彼女が抜ければCグループ2組の競技力がダダ下がりするだろう。 2組の競技力を下げ、1組がリードするつもりに違いない。 着眼点としては、悪くない。
「……そうきますか。 主任ともあろうに、御甘いことで」
誰にも聞こえないように、独り言。 私が見ているのは、立ち上がった22番の傍らで無心に拍手している29番。 こと体育祭に関しては、2組の最重要人物は彼女だ。 22番も捨てがたいが、実際のムード作り、競技力、どれをとっても頭一つ抜けているのが29番。 特に、体力の伸びが凄まじい。 元々高かった身体能力が、最近の自主トレーニングを経て歴代級に達している。 走力、腕力、そして抜群の腹圧(膣圧、肛圧)は、2組における要石といってよい。
22番が抜けたとしても、体育祭というトラブルが多いイベントに備え、敢えて2番を初期エントリーメンバーから抜いている。 2番のユーティリティーであれば、急に22番の代わりを務めることになったとしても、大丈夫、大過なくこなすだろう。
拍手が止んだところで、最後に私が『ケーブル役』を発表した。 ちょうど40分が経過したタイミングだ。 Cグループだけ急遽時間割を変更したため、チャイムは鳴らない。
チャイム無しの終業ということで、いささかぎこちなさを漂わせつつ、1組委員長が号令をかける。 他のクラスが授業中なので普段より静かにするよう注意し、各クラスともHR教室に戻すのだった。