第9話『エール交換』-1
第9話『エール交換』
9月も2週目に入ると、嫌でも生徒から『体育祭モード』を感じだす。 元々私たちが煽った部分もあるのかもしれないが、次第に生徒の方から『体育祭に向けて』やら『体育祭で勝つために』やら、前向きな話題が出るようになる。
個人的所見としては、優秀なクラスほど自主性がある。 つまり、与えられた課題だろうと設えられた行事だろうと、まるで自分達が主導権を握っているかのように取り組もうとする。 いつまで経っても受け身でいては、得られる果実も逃してしまうこと、優秀な生徒ほど実感として分かっている。
それじゃ逆はどうかというと、つまり『自主性があるクラスは優秀か』というと……うーん、対偶が真だけに、逆も真といえそうな気はするんだけど……。
「2号教官! 新しいオーダーを考えてみました!」
昼休みの度に選手登録用紙をもってくる15番。 体育委員の自覚が芽生えたのだろうか、1学期はやや内気で消極的だったのが、いつの間にかクラスの輪に溶け込んでいるし、やたら気合が入っている。 選手選考も、チェックするたびマシになってはいる。 ただ、そもそも教官との距離感はもっと離れている方が、生徒にすれば絶対に安心なハズだ。 教官と会話すること自体がペナルティを負うハイリスクな行為――この事実がまだ分かっていいないんだろうか? もしそうだとすれば、少なくとも15番を優秀とはみなせない。
「ふはぁ……なんとかノルマ半分いったけど……疲れたぁ……」
「ヤバイって、ウチら準備できてないもん……つ、次の授業なんだっけ……」
昼休みが終わる寸前、埃だらけになって教室に戻ってくる集団。 29番、9番をはじめ、比較的体力がある面々だ。 なんでも、8号教官から教わった自主トレをバカ正直にこなしているそうで、少しづつ記録も伸びてるらしい。 疲れきって机に突っ伏すあたり、相当本気で練習してるんだと思う。 その行為自体は褒めてもいいと思うものの、授業準備より自主トレを優先するのはどうなんだろう? 授業を疎かにして指導を受けることになるのは、他でもない自分自身だ。 まず自分のことをして、次にクラスのことをするのが理想だと思う。 ところが彼女たちと来たら、結果的にクラスを自身に優先させているわけで……学園では『お人よし』と『愚か』は限りなく同義。 とてもじゃないが『優秀』と評する気にはなれない。
挙句には、
「教官、次の日曜日なんですけど……学園のグラウンドでも敷地外でも、どこでもいいんですが、35人集まれる場所をお借りすることはできませんでしょうか。 騎馬戦やリレーの練習がしたいんです」
「……」
「あの、可能な限り復元しますし、元より綺麗にしてお返しします。 掃除方法も、掃除担当の教官にお聞きして、キチンとします」
「……」
「……寮監にお聞きしたら、担任教官の許可があれば、一部の施設は生徒のみで使用が可能と聞きました。 どうか2号教官のお名前を貸してください」
「……」
「宜しくお願いします!」
「「お願いしますっ!!」」
……なんて、ぬけぬけと私に話をもってくる集団まで現れる始末だ。 クラス委員長としてだろうか、口上を述べた22番と、その後ろで深々と頭を下げる生徒たちを前にして、心の中で溜息をつく。 生徒だけに施設を使わせられる訳がない。 当然私が後見して、最後にチェックすることになるし、基本的にはその場にずっと張り付くことになる。 授業準備、吹奏楽部連盟会議、技術室整備、各種打ち合わせと、担任教官の日曜日は雑務が詰まっていることなんて、彼女たちは知らないんだろう。 自分の仕事が滞るだけじゃない。 他の教員からは睨まれるし、管理職からも細かい要求が重なるし、授業を超えて生徒と関わるとケースによっちゃ始末書、教員指導に発展する。 そんなの、『普通の』学園教員にとっては、デメリットでしかない。 ということは、教員に難題を持ちかけて嫌われるリスクを考えれば、生徒がやり過ぎな提案をすること自体が優秀さの対極にある。
尤も。 私に限って言えば、『普通』のカテゴリに入ってはいない。 ゆえに私に頼む行為が優秀でないかといえば、うーん、微妙な所だなぁ……。
なにはともあれ、2学期に入った私のクラス。 優秀かどうかはさて置き、自主性が育っていることは認めようと思う。 もう少し緊張感があるクラスにするつもりではあったけれど、全部思い通りに出来るだなんて思ってないし、暗いよりかは明るい方がマシ。
どんなクラスに育っていくか、不安8割、期待2割というのが正直な所だ。