天と地-1
「ふう。セーフ、なのかな?これって。」
まともに残っているのはブラ、靴下、靴のみ。ストッキングは自分で破ったし、パンティは道端に投げた。ダウンジャケットの前をぴったり閉じたって、下半身は裸同然だ。いや、裸だ。
「なんなのよ、いったい。」
ギリギリのところで大切なものは奪われなかったけれど…。恐怖で足の震えが止まらない。
「テキトーにテレポしたからなー。ここってどこかなー?」
自分を励ますようにおどけてみても、胸の動悸は収まらない。
「寒っ…。」
私は太腿を擦り合わせ、自分で自分を抱きしめた。
それにしても…。分からないことだらけだ。
ラクスが居なくなって、探していたら丸海先輩が待ってて、何故か私は彼に体を許していった。ムリヤリにじゃない。欲情に突き動かされ、自ら望んで。
彼は私が妖魔だと知っていて、テレポーテーション不能なことも分かっていた。
でも、最大の疑問は。
― 違う あなたじゃない ―
あの声が聞こえた瞬間、私は妖魔テレポーテーションを発動し、ここまで跳んで逃げることが出来た。
私を助けてくれた?誰が?何故?
「エリス…。」
「え!ラクスじゃない!」
「エリス、すごいかっこうよぉ。」
「あ、うん、へへ。それよりあなた、大丈夫なの?」
「うん。」
ラクスの視線の方を向いた。街の灯りが視界いっぱいに広がっている。
「うわあ、ここって丘の上だったんだ。でも、公園じゃないね。」
「もっと高いところだよぉ。ふだんは誰も来ない。」
「そうなんだ。って、なんでそんなところに一人で居るの?」
「それはねぇ。」
ラクスは崖の方を指さした。
「なに?何かあっちにあるの。」
彼女はコクンと頷いた。
私は慎重に崖に近づいてみた。
「うわ…。」
柵も何もないすぐ向こうは、ほぼ直角に切り立った断崖絶壁。刑事ドラマの終盤に出てきそうな。
「私ねぇ、イヤな事があるとぉ、ここに来るのぉ。」
「じゃ、今日も何かあったってこと?あ、はぐれたよね、丸海先輩と…」
「ふ、ふふ…」
「ラクス?」
「確かにぃ、はぐれた、って言えるのかなぁ。」
「大変だったね。」
「ふはははははははっ!」
「え?ラクス…。」
「クソうぜえんだよ、リス野郎。チョロチョロ目障りな。ユウジンの為じゃなかったら、オマエみたいなクソの相手なんかするするかよ。」
「ク、クソ…ラクス、私の事、そんなふうに思ってたの?。」
「ああ、そうさ。マヌケなくせにチョコマカチョコマカ走り回りやがって。」
「ラクス…。」
知らなかった。親友だと思っていたのに、私の一方的な思い込みだったなんて。
そんなの、そんなのって…悲しいよ、ラクス。
でも、悲しんでばかりはいられない。確かめなければならないことがある。
「ねえ、ユウジン…て、丸海柔靱先輩、よね。」
「ふんっ、この世界ではそう名乗っているな。だがな、本当は翼魔界の次の王となる男、ユウジンさ。」
「え!人間界、妖魔界の他にヨクマ界?ていうのがあるの?」
「オマエな…。自分の知っている世界だけが全てだとでも思っているのか。」
「ね、ヨクマって、性欲の欲に馬?」
「はあ?そんなイヤラシイものじゃない!翼の魔と書いて翼魔だ。」
「そ、そっか、ゴメン。次の王、って言ったよね。今の王様の息子さんてこと?ユウジンさんて。」
「くたばったよ、王は。そして王子は雲隠れ。無責任野郎だ。」
「じゃ、ユウジンさんは?」
「王弟の長男さ。このまま王子が現れなければ、王位継承順位に従ってユウジンが王になる、んだが。」
「んだが?」
「それには必要なものが…」
「ものが?」
「うるさい!」
「あ…」
最初に見えたのは空。
「この季節って、空気が澄み渡ってるからなあ。都会でさえあんなにたくさんの星が見える。」
次に見えたのは遠くの山々。
「なんで逆さになってるの?」
そして、視界の上の方から街の明かりが広がっていった。
「ハロウィンだものね、今日は。たくさんの人たちが賑やかに騒いでるんだね。さっきまでは私もそのうちの一人だったんだなあ。」
街を通り過ぎると、暗い崖がものすごいスピードで下から上へと流れていくのが見えた。
空、山、街、崖、空、山、街、崖…。
「そっか、私、崖から落ちて死ぬんだ…。」
…。
「じゃなくて!ルピ。」
『ハイハーイ。』
私は妖機ペットのルピを召還した。
「地面に激突するまで何秒?」
『5ビョウダヨ。』
「次の妖魔テレポーテーションが可能になるまでの時間は?」
『17ビョウ。』
終わった。
『サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。』