親と争-1
ビシッ。
「きゅう…。」
バシッ。
「きゅうぅ…。」
「おいおい鋼牙、それじゃ練習にならないって。リスちゃん目を回して立ってるだけだよ。」
丸海先輩の言う通りだ。片桐先輩が”フツー”に打ったピン球は、私のラケットに掠りもしない。いや、どこに飛んだかすら分からない。
「そうだな。こんなんじゃ素振りの方がましだ。」
す、素振り…。
「やれやれ。その鼻っ柱、ベキベキに折ってさしあげましょうか?鋼牙さま。」
「やれるのか、柔靱。」
ゴオォォォ。
う…。な、何?体育館に突然嵐が吹き荒れだしたんだけど。
ガキーン。
剛と柔。二つの眼光が真正面からぶつかり合った。
やめて!私を取り合ってケンカしないで!
…取り合ってません、はい。
「それ。」
カコーンコーン。
丸海先輩の変態…変則的なサーブ。
「ふん。」
パコーン。
難なく返す片桐先輩。
「そーれ。」
ペコ。
複雑な回転を掛けられたピン球が予測不能の軌跡を描く。
「はっ!」
バキコーーーン。
回転を見切り、豪快なスマッシュが炸裂した。
「うは。」
ポト。
体を回転させて勢いを殺し、ネットぎりぎりに落とした。
「はっ。」
「へい。」
「やっ。」
「ほいほい。」
「はああっ!」
「ほよよー。」
…勝負、つきそうにないよ、これ。
「あーあ、始まっちゃったねぇ、伝説の永久ラリー。」
「あ、ラクス。」
「あの二人ぃ、どっちも強すぎてぇ、普段は対戦しないのよぉ。一ポイントも入らないうちに日が暮れるから。」
「そ、そうなんだ。」
「私もぉ、実物見たのはぁ、初めてなんだけどね。」
倉重楽玖珠(くらしげ らくす)。私の親友。と言ってもお付き合いはまだ長くない。この町に引っ越してから半年ぐらいしか経ってないからね、私。
転校したばっかりでなんにも分からない私にいろいろ親切にしてくれたの。それで仲良くなって。もう二年生になってたのに卓球部に入ったのは、彼女に誘われたから。
眉で切りそろえた黒い前髪、外巻きのショートヘア、ポヨンとした緩い瞳。
チョコマカ動く私に対して彼女はとってもおおらか。
せっかちのリス、ゆとりのラクスと並び称されている、かもしれない。
「ところでねぇ、エリス。相談があるんだけどぉ。」
みんな私をリスって呼ぶんだけど、何故かラクスだけはエリスって呼ぶの。
「ん、なに?」
「明後日ぇ、ハロウィンじゃない。」
「うん、一緒に…」
「それがねぇ…誘われちゃったのよぉ、丸海先輩に。」
おお!
「やったじゃない!ラクス、好きなんでしょ?丸海先輩の事。」
「うん、そぉなんだけどぉ…。」
「どうしたの?」
「…恥ずかしぃ、っていうかぁ。」
なるほど。それにまあ、あの丸海先輩に限って間違いはないと思うけど、一応男の人だしねえ。
「でねぇ、エリス…」
「分かった。一緒に行こ!テキトーに距離とるから、楽しんでね。」
ラクスの顔にパアーっと笑顔が広がった。同性の私でもクラっとするほどの素敵な笑顔だ。
「うん!ありがとぅ。」
私たちは待ち合わせの場所や合流タイミングを綿密に打ち合わせた。
「ふんっ!」
パキコーン。
「あーらよ。」
ペコン。
視界の端ではまだ永久ラリーが続いていた。