♠愛しのあの娘♠-1
「ええっ、あんなに切っちゃうの!?」
隣の席の古川さんが、小さく悲鳴を上げつつ持っていたパンフレットで顔を隠した。
「3センチ以上切るのがルール、なんだろ。それに打ち合わせをちゃんとしてるんだ、いちいち騒ぐな」
呆れたように古川さんに説明するのは、古川さんの反対側の隣に座る駿河さんだ。
「だって、里穂ちゃんのあの綺麗な髪があんなに切られちゃうのは……」
長い髪をバッサリ切るってことは、女の子には相当勇気がいることらしく、古川さんはステージを直視できないまま、イヤイヤをするように首を振っていた。
「大丈夫ですって、古川さん!! 天童さんの腕もセンスも本当に一流なんだから! 僕がそれを保証します!」
俺の左隣で、ドンと胸を叩くのは、今日も爽やか小野寺くん。
確かに“blue tears”の専属カットモデルのこの完成度を目の当たりにすると、ぐうの音も出るまい。
それほど小野寺くんのゆるーいパーマがかかったシンプルながらも絶妙なショートヘアは、彼によく似合っていた。
「それにメイクや衣装だってヒロさんが担当してるんだし、それに何よりモデルが里穂ちゃんなんだもん。どんな髪型だって、彼女なら似合うよ。ね、天野くん?」
ニコニコと俺の肩を叩く小野寺くんの言葉に、ようやく古川さんも顔を上げた。
「そうだね!! モデルが里穂ちゃんなら間違いないね! モデルさん達の中でも里穂ちゃんが一番可愛いし。ね、天野くん?」
古川さんもニコニコしながら、小野寺くんと同じように俺の反対側を叩く。
こいつら、ゼッテー俺を冷やかしてる。
なんとなく居心地の悪さを覚えた俺は、行き場のない視線を膝の上のパンフレットに落とした。