終章 魔獣-1
「カボチャ、前へ。」
「…。」
僕は動けない。
「分かるがな。知りたいと思わないか、最後の疑問への答を。」
「最後の…。」
「性に奔放なこの魔物が、なぜお前にだけ仮面を被り続けてきたのか、だよ。」
「ふ。僕に惚れてたから、だろ。」
ヤケクソで吐き捨てた。
「ではなぜ、今になって仮面を脱いだ。」
「オマエが自分で言ったじゃないか、魔物の仮面が…」
「そうじゃない。なぜ、今年の魔物に選ばれたのか、だ。なあ、トマト。」
え?ゆいな?彼女がなんだというんだ。
「えへ、バレたか。」
全員の視線がトマトを被った巫女のゆいなに集まった。
「まあいいじゃない。どっちみち生贄は選ばなくちゃなんだし。」
「だ、だからって、自分の姉を…。」
「そんなことよりさ、早くヤっちゃってよカボチャ義兄さん。おねえちゃん、寂しがってるよ。」
魔物、ユリネは祭壇の上で静かに横たわっている。
「そうか、そうだな…。」
僕は、仮面以外のカボチャの仮装を全て脱いで地面に落とした。
祭壇に上り、魔物に体を重ねた。
足を開こうとすると、ユリネは恥ずかしそうに膝を閉じた。
じっと待った。彼女のタイミングを。
やがてユリネは少しずつ足を開き、僕は位置を合わせた。
腰に体重をかけると、ユリネが僕の手を握った。そっと握り返した。
吸い込まれていく。僕が、ユリネに。
入っていく。ユリネに、僕が。
「あ…。」
切なげな声が僕の耳元をくすぐった。
ゆっくりと。ゆっくりと。
触れ合い、重なり合い、擦れ合い。
穏やかに、緩やかに。
やがて僕たちは。
「浄…ぐはっ!」
ユリネが突然僕を蹴り飛ばした。僕は祭壇から転げ落ちた。
「な、何を?どうしたんだ、ユリ…」
ボウ。
祭壇に火が立ち上った。
「あぁあーーーーーーっ!」
聖なる草木を編み込んだ祭壇のマットが燃えている。
ユリネは灼熱の炎に苦悶の声を上げているが、それは同時に情欲の叫びにも聞こえた。
「ああ、ユリネーーーッ!」
祭壇に登ろうとするする僕を、誰かが後ろから羽交い絞めにした。
「ユリネ、ユリネーッ!」
バオウゥ。
ひと際大きな炎に包まれ、ユリネの姿が見えなくなった。
「ああ…ユリ…ネ…。」
僕はガクリと地に膝を突き、手を突き、肩を震わせた。数滴の涙が仮面の隙間から地面に流れ落ちた。
パリーン、カラァン。
炎の中で、何かが割れて落ちたような音が聞こえた。
「キャアッ、な、何よあれ!」
ピーマンの叫び声に顔を上げた。
「おお!」
誰かが叫んだ。
炎の中にケモノのようなシルエットが立ち上がり、僕たちを睨みつけている。
「魔獣…。」
オオカミが呟いた。
それはジワリ、と上昇を始めた。
もう、誰も声を発しない。
見上げるほどの高度に達した時、スーっと闇に溶けるようにそれは消えていった。
その瞬間、魔物は僕に視線を投げた。
「ケーッ!ケケケケケーッ!」
突然背後で響いたけたたましい奇声に振り返ると、仮面以外は全裸のゆいなが四本足で地を駆け、祭壇に飛び乗った。
彼女はユリネ同様炎に包まれ、ユリネ同様ケモノのシルエットとなり、ユリネ同様…上昇して闇に溶けた。