第二章 異国の姉妹-1
彼女との出会いは唐突なものだった。
異国の旅人、なんて言うとなんだかもったいぶっているように聞こえるかもしれない。要するに外国からの旅行者なのだから。
しかし、異国の、と表現する方が僕たちが受けた印象をより正確に伝えられると思う。それほどに彼女ら母娘は異彩を放っていた。
吸い込まれそうなほどに澄んだ瞳。しなやかでクセのない黒い髪。スラリとしながらもメリハリが効いた美しい体のライン。そしてそれらを包み込む、幾何学的パターンにカットされた多色の布地を縫い合わせた幻想的な衣服。
でも、そんな外見だけでは語りきれない何か。それを感じさせる女たちだった。
ユリネとゆいな、幼い二人の姉妹はその後、この村で暮らすことになる。彼女らの母は村に着いた時には既に原因不明の致命傷を負っており、数日後にはそのまま亡くなってしまったからだ。
当時の村長は親を亡くした姉妹を自分の娘として育てることを宣言した。それは村のホームページに掲載されると同時に臨時の広報紙としても発行され、各世帯に配布された。
彼は売名や打算で動く様な人物ではなかったが、多少の自尊心は働いたかもしれない。でも、それは特別に咎められるような類のものではないし、そのおかげで姉妹は無事に生きていくことが出来たのだから、むしろ褒められるべきだろう。
村長は既に高齢とよべる年齢だったため、その数年後には亡くなってしまった。後を継いだ彼の弟も長くはなく、その息子、つまり現在の村長が村を代表する者となった。
そう、村長は世襲制なのだ。
しかし、この村の村長はいわば象徴なのであって、村の政治的な面については特別な権限を持たない。村の運営は議会で公正に行われている。まあ、全く不正が無いとは誰も思っていないが。
姉妹は、美しい女へと成長した。出会いから既に20年が経過していた。
姉、つまり後に僕の妻となるユリネは穏やかな性格で、どちらかと言えば内気。なかなか思っていることを口に出せず、心に抱えて時々寂しそうにしていた。そんな彼女を気に病み、語り掛け、話相手をしているうち、徐々に心を開いてくれたユリネと僕は、自然に恋に落ちた。
初めて唇を合わせたあの時も、初めての夜も。ユリネは恥じらいのあまり小刻みに震え、ずっと僕の手を握っていた。僕は手を握り返し、彼女のタイミングをじっと待った。
僕に身を委ねてくれたユリネは快楽に乱れることなど一切なく、やがて迎えたその瞬間も、軽く瞼を閉じ、小さく息を吐き、僕にしがみついただけだった。
妹のゆいなは姉とは正反対。快活で怖いもの知らず。いつも近所の子供たちを男女問わず子分にして走り回っていた。もちろん僕も子分の一人だった。
そんなゆいなが一度だけ口ごもり、発言を躊躇ったことがある。
ゆいなには特別な能力があった。大雨や地崩れや地震など、天災を完璧に予知した。
最初のうちこそ周囲の大人たちは偶然で片付けていたが、偶然では説明のつかない正確な予知に、彼女の実力を認めざるをえなくなっていった。
その能力を買われ、15歳の時から収穫祭の巫女として魔物役の指名を彼女は託されてきた。
しかし、今年の魔物役を天啓により授かり名を告げる瞬間になって、ゆいなは急に黙り込んだ。
それまではいつものようにはしゃぎまくっていた彼女の突然の沈黙に尋常ならざるものを感じた祭りの関係者たちが注目する中、ゆいなは僕に視線を合わせ、唇を震わせ、ようやくこう言った。
「ユリネ。」
僕は目の前が真っ白になり、ガクリと膝をついた。なぜなら、魔物役の女が何をされるのかを、村長から説明された直後だったのだから。