序章 黒衣の魔物-1
ここは、かがり火に囲まれた小さな広場だ。
その中央には、人間一人がちょうど横になれるぐらいの広さの、高さ70センチ程度の祭壇が安置されている。
荒く削られた石の地肌を剥き出しにしたその祭壇には、魔を祓う力を持つとされる聖なる草木で編み上げられたマットが敷かれており、その上には魔物の様な影がいくつも揺れている。
影の正体は、祭壇を取り囲み、かがり火に背中から照らされた数人の村人たちだ。
彼らはみなそれぞれに野獣や農作物の仮面を被り、仮装をしている。
カサリ。
微かな音と共に、少し離れたところにある茅葺の小屋から、全身黒ずくめの人物が現れた。
地面に引きずるほど長い黒マント、頭部をすっぽりと包み込むフード、そして、全ての感情を失ったかのように無表情な黒い仮面。
「魔物よ、ここはお前の居るべき世界ではない。帰してやろう、安住の魔界へ。」
そう言うと、ヤギの仮装をした村長は手に持った小枝にかがり火の一つから火を取り、魔物へと突き付けた。
「祭壇へ。」
黒い魔物は特に抵抗する様子も見せずに言われたままに祭壇に上がった。
「正体を見せよ、魔物よ。」
魔物がマントとフードを掴んだ。だが、何かを躊躇っているかのように動かない。その手が微かに震えている。
「見せよ。」
ヤギが火のついた小枝で真っ直ぐに仮面を指した。
バサッ。
魔物が黒いマントとフードを思い切ったように投げ捨てた。
そこに現れたのは。
美しい黒髪を腰まで伸ばし、仮面のみを身に着けた全裸の女だった。
それは僕の妻、ユリネだ。
僕だけが見ることを許されていたその姿。
かがり火に照らされ、さらに美しく闇に浮かぶその裸体は、それがゆえになおさら僕の胸を痛くさせた。
「祓うぞ、帰すぞ。」
魔物が祭壇に横たわった。
ヤギは魔物の下半身に歩み寄り、手に持った小枝の火を僕の妻の陰毛へと近づけていった。