♥隣にいてくれる男♥-1
「天野くん!?」
ほとんどまともに声を出せなかったあたしが、やっと大きな声で彼の事を呼んだ時、すでに彼はフロントへと向かって行った所だった。
その足の速さにしばらく呆気にとられていたあたしだったけど、鬼気迫る彼の後ろ姿に、ヤバイと気付いて慌てて後を追う。
ちょっと、早まらないで!!
カーペット敷きのラウンジから、大理石の床が広がるロビーへと、スウィングの制服姿で天野くんを追うあたし。
ローファーが大理石の床を鳴らした瞬間、
「キャーッ!!」
と、女の金切声がフロントの方から聞こえてきた。
その悲鳴に、思わず足が止まる。
さっきまで、気を抜くとすぐにこぼれ落ちてきた涙も、驚きでどこかに引っ込んじゃったらしい。
それほど、あたしが目にした光景は、信じられないものだった。
「何をするんだ!!」
次に聞こえて来たのは、パパの声。
パパの怒鳴り声なんて、ここ数年聞いたこともなかったので、あたし咄嗟に身を竦め、反射的にすぐ側に建っていた太い柱の陰に隠れた。
「何すんのよ!!」
床に倒れ込んだパパに寄り添う不倫相手は、気の強そうな瞳で思いっきり天野くんを睨んでいた。
短いスカートで屈んでいるので、白い太ももがニュッ、と出て。
細いウエストに長い髪を下ろしたその女は、年上の色気たっぷりのいい女っぽい風貌だったけど、天野くんを睨みつけるその姿が、あたしには蛇のように見えた。
こんな女に、パパは入れ込んでいたんだ。
「……てめーら、ムカつくんだよ」
ようやく天野くんが口を開く。
その表情はゾッとするほど冷たくて、鳥肌が立つ。
あたしが見たこともない、天野くんの顔。
天野くん、本気で怒ってる……?
あたしはキュッと唇を噛み締めて彼の横顔を遠巻きに眺めていた。