♠泣かないで欲しい女♠-6
「松本がこんなに泣いているのに、父親が全く気付かないで他の女といちゃついているなんて本当に許せねぇんだ。お前が何も言えないなら、俺が代わりに文句言ってやる」
そう意気込んでは見たものの、ほとんど無表情のまま固まっている彼女を見ていると、果たしてそれが正しいのか不安になってくる。
部外者の俺が首を突っ込んでいいのだろうか。
でも、そう不安になる度にさっきの松本の泣きじゃくる姿、そしてバイトで時々見せていたあの寂しそうな顔が脳裏に浮かぶ。
松本は、ホテルのエントランスに向かおうとした時に、怖気付いていた。
きっと、これ以上傷つくのが怖かったんだろう。
確かに問題に直面すれば、松本は今よりももっと辛い思いをする可能性は極めて高い。
……でも、目を背けることが何の解決になる?
娘の誕生日を忘れるくらい、相当不倫相手に入れあげているであろう父親と何食わぬ顔で家族ごっこをできるほど、松本は器用じゃない。
可愛くて、モテモテで、気が利いて、バイトでも頼りになって、隙の無い松本は、本当は寂しがり屋で弱い女の子だったんだ。
俺は、松本が辛い思いしながら無理矢理明るく振舞っているのを見るのが一番辛い。
だから、傷ついても父親に真正面からぶつかって欲しい。
俺なんかがそばにいたって何の役にも立たないけれど、支えているから。
だが、松本は黙ったまま、アイスコーヒーにも手を伸ばそうとしなかった。
……やっぱり、俺のしてる事は超ウザいと思ってるのかな。
俯くと、余計にわかる彼女の長い睫毛。
ホント、人形みたいに可愛い顔してるなぁ。
肌もツルッツルだし、唇も小さくて綺麗な形。
さすがに今は顔色が悪いけど、それでも松本は可愛くて見惚れてしまう。
なあ、黙ってないで何とか言ってくれよ。
いつもみたいに、俺をおちょくってもいい。
なんならまた「大っ嫌い!!」って俺に冷たくあたってもいい。
ーーもう、そんな悲しそうな顔しないでくれよ。
そんな俺の胸の内なんて知らない松本は、ただボンヤリとアイスコーヒーのグラスについた水滴が、コースターに流れ落ちるのを眺めているだけだった。