♠泣かないで欲しい女♠-5
着の身着のままで連れて来た松本は、ずっと俯いたまま。
目元をよく見れば、泣いた跡が微かに残っていて、自然と下唇を噛み締めてしまう。
スタッフルームで堰を切ったように泣きじゃくっていた松本。
松本が泣くのなんて初めて見たから、気が動転しまくっていた俺だけど、話を聞く内に、動揺から怒りへと感情のメーターが移動していった。
松本の父親は不倫をかなり前から続けていたらしく、松本はこれまでもずいぶん辛い思いをしていたらしいが、まだ不倫に気付かない母親の為に、自分も気付かない振りをしていれば、大丈夫だと思っていたらしい。
でも、その結果がこれだ。
たまたま父親と不倫相手の電話を聞いてしまった松本は、今日、このホテルで逢瀬を重ねることを知ってしまい、心が限界を越えてしまったのだ。
聞けば、今日は松本の誕生日。今更家族でお祝いなんてこだわる歳でもないのだが、父親が娘の誕生日を忘れ、不倫相手と密会するという現実に、松本の心は完全に壊れてしまったのだ。
「お待たせ致しました」
その沈黙を突き破るようにウェイターがアイスコーヒーをテーブルに置く。
一杯600円のそれは、スウィングのアイスコーヒーよりも3倍近い値段だが、一口飲んでみた所で味の違いもろくにわからない俺は、そのまま、ほとんど空になるまで飲み干した。
ズズ、とストローから音が鳴った所でグラスをテーブルに置く。
そして俺は意を決したように、深々と松本に頭を下げたのだった。
「松本、悪かった。つい感情的になって、無理矢理ここに連れて来ちまって。俺なんて部外者なのにな」
「…………」
「でも、俺どうしてもほっとけなかったんだ。松本が辛そうにして泣いてるのは……それに」
言い淀んで目を泳がす俺は、松本の未だ哀しそうな瞳を捉えると、そのまま静かに口を開いた。