♠泣かないで欲しい女♠-2
だが。
「……行かないで」
と、彼女の弱々しい声が聞こえて、瞬時に動けなくなってしまった。
ドアレバーを握ろうとした所でピタリを動かなくなった俺は、まるでだるまさんが転んだをしているようだった。
どれだけ嫌われてしまっても、松本の声には身体が勝手に反応してしまう。
クッソ、やっぱりまだ俺、好きなのかなあ……。
松本が「行かないで」なんて、俺に言うわけがないってのに、そう聞こえてしまう都合のいい自分の耳。
嫌われ過ぎたショックで、身体が異常をきたしているんだ。
だから、松本の声で「行かないで」と言ったのは、幻聴に過ぎないと納得した俺は、再びドアレバーを握った。
しかし、
「助けて……」
と、やっぱり幻聴がリアルに聞こえて、また動きが止まる。
うーん、俺の頭、そろそろヤバくなってきたかもしれない。
そう思いながらも、松本の方が気になってきた俺は、ちょっとだけ横を向いて、黒目を限界まで左に寄せて、彼女の方を見ようとした、その刹那。
「天野くん、助けて……」
と、松本の涙まじりの声が今度はハッキリ聞こえてきた。
これは幻聴なんかじゃない!!
咄嗟に後ろを振り返って、ハッと息をのむ。
そこには、万人ウケする営業スマイルも、俺をおちょくるふざけた笑顔も、小悪魔っぽく俺をからかう色気のある表情も、たまに見せる寂しそうな顔もなかった。
「松本……」
ギュッと胸が締め付けられるのがはっきり分かった。
大きな瞳を真っ赤にして、ハラハラと涙をこぼす松本が、俺の目の前に立っていたから。