♥勝手に浮かんでくる男♥-3
多分、時間は夜中の2時くらいだったと思う。
そう思う根拠は、あたしがリビングに行こうと思ってそこのドアレバーを握った所で話し声が飛び込んで来たからだ。
あたしのパパは、仕事が激務ということもあり、夜中に帰って来ては、リビングでうたた寝してしまう事がよくあった。
でも、今日はパパの声が少しだけ開けたドアの隙間から聞こえて来たから、恐らく帰って間もない時間ーーつまりは2時くらいってことなのだ。
「家に着いたよ。今日は少し飲み過ぎたかもな」
ナレーターになれそうな聞き取りやすい低い声。
本来ならば耳触りのいいその声なのに、あたしの身体には全身鳥肌が立っていた。
パパ……今日も……。
「大丈夫だよ、家族はみんな寝てる」
寝てると言ってるくせに、声のボリュームを落として小さく笑うパパ。
一方あたしは膝がガクガクと震え出していた。
途端に蘇る、パパの秘密を知ってしまったあの日の夜のこと。
確かあの日も、今日みたいに不意に目が覚めた夜中のことだった。
ーー妻には出張って言ってあるから大丈夫だ。
ーー娘ももう大きいし、妻とはもう少しで別れられるから、あと少しだけ待っててくれ。
カラカラに乾いた唇。汗ばむ背中。さっきの比にならないほどの動悸。
そんなドア越しのあたしの事なんて気付かないパパは、楽しそうに話を続けていた。
「君がこないだ話していた店、やっと予約が取れたんだ」
「ああ、ホテルな。まるで空きがなくて、偶然キャンセルになった部屋をやっと取ったんだ」
「来週の水曜だ。え、急だって? 仕方ないだろ。スプレンディード・ガーデン・ホテルなんて、まともに予約を取ってたらいつ泊まれるかわからないんだから」
パパの言葉を聞いて、脳天をかち割られたような衝撃があたしを襲った。
……来週の水曜。パパは飛びっきりの高級ホテルにママじゃない女の人と泊まるんだ。