『逃亡現実』〜現在〜-1
会社に向かう車の中。
エアコンがイカれて、無性に汗が滴る。
いつもの交差点。
右に曲がれば会社まで一直線だ。
左に曲がる。
現実から逃げ出す。
なんと後向きで無計画な行動だろう。
と引き止める理性を押さえ付けた。
信号待ちしながら、携帯を取り出す。 両端を両手で持って……
「バキっ」
真っ二つに折り、窓から投げ捨てる。
残金5万円。
どこまで行けるだろう。
会社と逆方向に進む。
国道を走らせながらラジオのボリュームを上げる。
学生時代好きだった曲が流れる。
あの頃のおれは……
行き先は決まっている。
そうあの場所へ。
島田…金谷……掛川…………袋井…………
と車は走る。
曇った夜の空が暗い心模様を示すように、ただ続いていく。
ガソリン代で5000円消えていった。
きっと会社では部長が怒ってるだろうなぁ。
家族も明日になれば気付いて心配させてしまうだろう。
罪悪感と後悔が過る。
そんな感情も噛み砕いて、飲み込んで、
とある海沿いの駐車場に車を停めた。
そうここは
学生時代に
死にかけた場所。
死を決意して死に至り、尚も死にきれなかった場所。
学生時代はトラウマで近づくことすらできなかった。
数年がたち、今だから踏み出せたのだろうか。
タバコに火をつける。
もうすぐ夜明けだ。 再びここで朝を迎えるとは考えもしなかった。
あの日と違うのは、一人だということ。
あの日と同じ景色を眺めて
涙が落ちる。
悔しい?
懐かしい?
つらい?
どれも当てはまらない。
ただ生きているという事実と途方もない前途への不安が涙を誘ったのだろう。
しばらく死と生を垣間見るような美しい景色を眺めて
コンビニへと向かう。
無料求人誌と軽い朝食を持って車へと戻る。
生きていかなくてはならないという本能が、やっと現実から逃げ出す勇気を持てた自分に
仕事をしろ
と急き立てる。
気付かなければよかった。
落胆。
住み込みで働ける場所。
居酒屋『巽屋』
住み込みで時給1300円から。
巽屋へ向かう。
その前に銭湯へ向かい、汗を流した。
頭を洗いながら気持ちの中にあった恐怖や不安も洗い流したかった。