月明かりの夜に〜彼女たちの秘密〜-1
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「じゃあ、またみんなで集まろうね」
「うん、元気でね」
「また連絡するから」
新幹線の駅へと向かう道の途中。
繁華街を抜けたところで大きく手を振る友人たちに笑顔で応じながら、真由(まゆ)は旧友と離れる寂しさとは別の理由で心が沈んでいくのを感じていた。
数年ぶりに開かれた高校の同窓会。
大好きだった仲間と過ごす時間は本当に楽しくて、学生時代に戻ったようにはしゃぎ、居酒屋では店員に注意されるほど大きな声で笑い転げた。
だけど、もう高校生じゃない。
みんな25歳になった。
仕事に夢中だったり、結婚して子供がいたり、素敵な恋愛をしていたり。
中には海外で活躍して、真由には想像もできないような経験をしている子もいた。
それぞれに幸せな人生を歩んでいて、それはとても喜ばしいことだと思うのだけれど。
このまま年を重ねて、いったいどうなるというのだろう。
真由はいつのまにか自分でもそれと気づかないうちに、何か大切なものをどこかに置き忘れてきてしまったような感情にとらわれていた。
「なに言ってんの? 真由は大切なもの、全部持ってるじゃない。地元から出て立派に仕事してるし、それに彼氏にプロポーズされたばかりじゃなかった?」
そんな暗い顔しないで、心配になっちゃうから。
隣を歩いていた莉乃(りの)が冗談ぽく笑いながら、軽く肘でこづいてきた。
優しい声。
莉乃はいつでも真由の味方になって励ましてくれる。
高校で出会い、いまでも週に一度は連絡し合う一番仲良しの友達。
親に言えないようなことでも、彼女にだけは何でも話せた。
でも、いまの気持ちをうまく説明できる言葉が見当たらない。
真由は拗ねたようにうつむき、歩きながらコツンと爪先で小石を蹴った。
「仕事っていっても、みんなみたいに凄いことしてないもん。毎日、電話受けたり簡単な資料作ったり、誰でもできるようなことばかりしてる。つまんないよ」
「そう? でもそのお金でひとり暮らしできてるなんて、それだけで偉いと思う。ほら、わたしなんて今でも実家で親のスネかじってるから」
あはは、と莉乃が明るく笑った。
莉乃は父親が大きな会社の経営をしているらしく、その手伝いをしながらいまは大学院に進んで最新技術の研究を続けていると聞いた。
莉乃自身はさっぱりした性格で親しみやすく、いわゆるお嬢様というイメージからは程遠い。
それでも初めて彼女の家に遊びに行ったときは、真由の家の何十倍もある敷地の広さと田舎には立派すぎる建物に驚かされた。
「莉乃はお金持ちのお嬢様だもん、わたしとは違うよ」
「あっ、そういう言い方はよくないと思うな。それに、わたしには彼氏なんていないし結婚の予定もないけど、真由にはカッコいい彼がいるでしょ」
「うん……」
莉乃の視線は、真由の左手に注がれている。
薬指にはめられているのは、小さなダイヤのついたプラチナのリング。
彼からこれを受け取ったときには、嬉しいというよりも戸惑いのほうが大きかった。
「ねえ、なに落ち込んでんの? なんだか真由らしくない、さっきまで元気だったのに」
「落ち込んでるわけじゃない、けど」
「もしかして、彼氏と喧嘩でもした? それとも、仕事で何かあったとか?」
「ううん、そんなんじゃないの。彼とは喧嘩したことなんてない、すごく優しくて良い人で……ただ、わたし、これでいいのかなあって思って」
「いいに決まってるじゃない。何が気になるの?」
「気になるっていうか、ずっとわたし普通だから。普通に勉強して、普通の仕事して、結婚したらきっと普通の主婦になって……なんだか、それって」
やっぱりうまく言葉がでてこない。
胸の中でもやもやした灰色の煙のような感情が渦巻いている。
莉乃は街頭の下でぴたりと立ち止まり、いまにも泣き出しそうな真由を見てにっこりと微笑んだ。
「ねえ、ちょっと散歩しよっか」
「散歩? だけどもうすぐ最終の新幹線が」
「そんな顔のまま帰せないでしょ? 新幹線に間に合わないなら、わたしの家に泊まっていけばいいじゃない」
「でも、そんな急に……ねえ、待って」
真由の手を引いて、莉乃は駅とは別の方向へずんずん歩いていく
まったく、強引なんだから。
学生の頃からそうだった。
莉乃はときどき、真由に理解できないようなことをする。
真夜中に家を抜け出して花火をしようと言い出したり、星空が綺麗だからといって一晩中ずっと何もない野原でおしゃべりを続けたり。
そして、そんな莉乃につきあって遊ぶのが何よりも楽しくて好きだったことをよく覚えている。
一晩くらい、あのときのように莉乃と遊んでみるのもいいかもしれない。
真由は莉乃に手を引かれるまま、人ごみから離れて山のほうへと向かう道を歩いていった。