気配-1
「ふう。」
おそらく五回目。もう慣れた、とは言えないが、最初ほどパニックにはならなくなった。
冷たい床の上で目覚めると、いつものように〈気配〉が私の着ているものの隙間という隙間から音も無く侵入し、肌を撫で、胸の敏感な先端をカリカリ引っ掻き、茂みから顔を出した蕾をもてあそび、湿った谷間を何度も往復し、ズブリと穴に潜り込んでグチャグチャに掻き回し、グイーっと野菊の花びらを広げた。
「ううう…。」
ムリヤリ感じさせられている私に逃れるすべはない。歯を食いしばり、目を閉じてきつく眉根を寄せ、こぶしを握り、ガクガクする膝を必死に支える。
さんざん私から快感を引き出し、
「ああ、私もう…こ、このままでは…ああっ!」
っというギリギリまで追い詰めておいて、フ、と消えるのだ。どうせ今回も同じだ。もう、分かっている。
それにしても、随分エスカレートしたものだ。初めてここに来たときは、戸惑いながら胸を撫で先端を触る程度の事しかしなかったのに。
回を重ねるごとに〈気配〉の行動は激しさを増していった。
これではまるで自慰を始めたころの自分ではないか。戸惑いながら自分の欲情に導かれるままに体を触り、それは徐々に徐々に、弄る場所も強さもする事もやり方も拡大していった。
快感を得る技術に習熟していくに従い、罪悪感も増していった。こんなことをするために性欲があるのではないと知ってからはなおさらだ。
でもやめられなかった。いや、今だってやめていない。やめることなんか出来ない。それほどまでに甘美な快楽の恐怖が私をジーンと痺れさせ、とろけさせ、泥沼に引き込んでしまう。一度はじめてしまったら、もう指は止まらない。腰は止まらない。
そう、〈気配〉が私の体を弄り回し、快感を引きずり出すのと同様に、私は私の体を責め…。
ん?
そうか!
「ねえ、正体が分かったわ。」
〈気配〉がピタリと動きを止めた。
「あなたは…私なのね。」
キーン。
耳鳴りのようなものが通り過ぎた。
「こっち側の私は私に愛撫される私。あっち側の私は私を愛撫する私。つまり。」
周囲の視界が揺らめきだした。
「愛撫する私と愛撫される私。本来それは表裏一体にして不可分。でも私は怯えていた。自分の体に欲情を抱き、自分の行為で快感を得ることに。」
壁が、天井が、床が、形を失い、歪んでいく。
「うしろめたかった。いつも。何回しても。だから私は〈気配〉のせいにした。いつの間にか、自分ではない何者かに愛撫されていることにした。」
溶け落ちていく。何もかもが。
「でも。私は認めるわ、自分の体に欲情を感じると。私は認めるわ、自分を愛撫して快感を得ていると。」
シュ、と暗黒に包まれた。上も下も右も左も前も後ろも無い。光も重力も音も無い。触れるものも無く、暖かくも寒くも、時さえカチリと止まった完全なる暗闇。
「さあ、怖がらないで。もういいの。もういいのよ、さあ、戻っておいで、私の〈気配〉。私の…私。」
パアーっと光に包まれた。
眩しさに思わず閉じた目を少しずつ開くと、私の部屋のベージュの天井が見えた。私は私のベッドの上で仰向けになっており、下着に手を差し入れ、自分の敏感なところを弄っていた。もう迷いはない。したいままに、感じるままに、愛撫し愛撫される。自分で。自分を。
「ああ、ああっ!」
弄る。感じる。そして。
「あうぅああああ、あーーーー!」
イかせる。イク。