帰郷-1
航は母の故郷に帰って来た。だぶんこれが最後の帰郷になるだろう・・・・航は特攻隊に志願し出撃する事がほぼ決まっていた。今回の帰郷も出撃が近い航達への隊長の思いやりなのだろうと航は考えていた・・・・
「航!帰って来てたんだ。」
姉のゆかりに声をかけられた。
「久しぶりに休暇をもらったので・・・・」
航は思わず言葉をにごした。まさか出撃が決まったとは言えなかった・・・・
「そう・・・・とにかく入って!」
ゆかりは航にそう声をかけると、家の中に向かって叫んだ。
「早苗ちゃん!航が帰って来たわよ!」
早苗は航達の従姉でゆかりと同じ歳だった。航達は両親を空襲で亡くし祖父母の家に疎開していたのである。
「お帰り!航君!」
早苗は笑顔で出てきた。
「ただいま。早苗姉。こうして二人が並ぶと双子の姉妹みたいだね!」
『えっ?そうかな?』
ゆかりと早苗は口をそろえて笑った。
「ほら!また二人は同時に!」
そう言って航は笑った。確かにゆかりと早苗は双子の姉妹と言ってもわからないくらいに似ていた。母親が双子なのだから仕方ないのかもしれないが・・・・
「航君、いつまでいられるの?」
「明後日までかな・・・・」
「じゃぁそれまではゆっくりして行ってね!」
早苗はそう言うとゆかりと家の中に入って行った。
その日の夕食は祖父母と叔母と早苗、そしてゆかりの五人と、航は久しぶりに家族の団欒を味わった。久しぶりに航に会えたのが嬉しいのか祖父は夜遅くまで航と話し込んでいた。
「お爺ちゃん。航君は疲れているのよ!今日はその辺にしてあげたら?」
叔母がそう声をかけたが
「航はまだまだ若いから大丈夫だよな!」
そう言って航を離そうとしなかった。
「ゴメンなさいね。」
叔母はすまなそうに頭を下げたが
「いえ、僕も楽しいですから!」
「ほら!航もそう言ってるじゃないか!」
祖父は嬉しそうに頷いていた。祖父はわかっていた・・・・航と話をするのもこれが最後になるかもしれないと・・・・航にその事を訪ねたとしても正直に話すわけがないし、戦地に行けば安全な場所などないのだから・・・・そして口には出さないがみんな同じことをおもっていた・・・・
「昨日はよく眠れた?」
朝、顔を洗っている航に手ぬぐいを渡しながら早苗が話かけた。
「はい。久しぶりにゆっくり出来ました。」
「それならいいんだけど・・・・お爺ちゃん航君が帰って来たのではしゃいじゃって・・・・」
「僕も久しぶりにお爺ちゃんと話が出来て楽しかったですよ!」
そう言って笑った。
(航君・・・・)
早苗は胸がキュンとなった。
「今日はこれからどうするの?」
「幼い頃に三人で遊んだ川原に行ってみようかと思ってるんですけど・・・・」
「あっ、あの!私も行ってもいいかな?」
「別にかまいませんけど・・・・」
「それじゃ・・・ゆかりちゃんも誘って三人で行きましょ!あっ!そうだ!お弁当を作らないと!」
早苗は嬉しそうに台所に向かって行った。
「ねぇ?ゆかりちゃん、これから航君と三人でお弁当を持って川原に遊びに行かない?」
早苗が声をかけると
「ありがとう。私、用事があるから遠慮しておくわ。二人で行って来たら?」
早苗の気持ちを知っているゆかりはそう答えた。
「そう・・・・ねぇ?どうする?」
早苗が航を見ると
「僕はかまわないよ!」
早苗は嬉しさを隠せずに笑顔で
「それじゃ・・・そうさせてもらおうか・・・・」
そう言って二人で出かけて行った。
ゆかりは窓から二人が歩いて行くのを見つめながら小さなため息をついた。
川原で二人は思い出話に花を咲かせお弁当を食べ終えた。
「ゆかりちゃんも来ればよかったのに・・・・」
「用事があるなら仕方ないよ!」
「用事ねぇ・・・用事っていったいなんなんだろうね?私に遠慮してくれたのかな?」
「えっ?」
航は早苗の顔を見つめた。
「・・・・戦争に行っちゃうんでしょ?」
早苗は航の顔を見ずに川の流れを見続けていた。
「・・・・・」
「言えないのはわかってる・・・みんなわかっててなにも聞かないの・・・・」
「・・・・・」
「否定しないのはそういう事なんでしょ・・・・・」
「・・・・・」
「やっぱりそうなのね・・・・ねぇ・・・・航君・・・・私・・・・航君の事・・・・」
「寒くない?川からの風が冷たく・・・・」
早苗の言葉を遮るように話題を変えようとした航の言葉に
「これが最後になるかもしれないから・・・・最後まで聞いてよ!」
「ゴメン・・・・」
「私・・・航君の事が好き・・・航君が帰って来るのを待っててもいいでしょ?」
「ゴメン・・・・僕は他に好きな人がいるんだ・・・・」
「そう・・・・ねぇ聞いてもいい?航君が好きな人ってどんな人?」
「・・・・・」
「その人に会いに行かなくてもいいの?もしかしたら最後になるかもしれないのに・・・・」
「だから会いに来たんだよ・・・・」
「えっ?」
早苗は航の顔を見つめた・・・・
「まさか・・・・航君の好きな人って・・・・」
航は小さく頷いた。
「何を言ってるの?ゆかりちゃんは航君のお姉さんなんだよ!好きになっても仕方ないのよ!」
「わかってる・・・・でも好きになってしまったんだ・・・・仕方ないだろ・・・・」
「ゆかりちゃんに打ち明けるの?」
「まさか・・・・そんな事出来るわけないだろ?あの世まで持って行くよ・・・・姉さんへのこの想いは・・・・」
「それで本当にいいの?」
「姉さんに打ち明けてどうなるもんでもないだろ!打ち明けて気まずくなったまま逝けって言うのかよ!」
「ゴメン・・・・」
早苗はうつむいて黙り込んだ。