第七章 傷跡-6
「脱走者が出たんだ。」
「は?」
「出ないのではありませんか。自分に照らすとその結論しか思い当たりませんわ。」
「そう。私たちもそう思ってた。だから油断があったのかもしれない。出ていくヤツなんかいない、っと。」
「でも、脱走者は出た、ということね。」
「ほっときゃいいじゃん、出ていくヤツんなんか。」
「分かってらっしゃらないわね、サユリさん。脱走するくらいだから、ここでの暮らしをよしとしていないということですわ。施設に誘拐されてきた理由を知ってしまった今となってはわたくしたちも出ていくことを考えますけれども、そうでなかったら?」
「快適だからな、ここは。それに…なあ。」
「ええ、そうですね。わざわざ出ようとするからには、それなりにはっきりとした意志を持っているはず。」
「そうなんだ。実はもう警察が動いているという情報を得ている。準備が整い次第、一気に仕掛けてくるだろう。脱走者の目的はそれに違いない。」
「なるほど。それは確かに潮時だな。で、どうするんだ?」
「君たちの選択肢は二つ。一、ここで死ぬ。」
「おいおい、いきなりそれかあ?」
「口封じ、ですわね。」
「そう。二、私たちと一緒に逃げて新しい施設のスタッフになる。」
「テツヤは置いていくんだろ?オンナばっかりでどうやるんだよ。」
「ヒロキさんはいかがなのでしょうかしら?」
「…アニキの名誉のために言わないでおく。分かるだろ、この歳になるまでオンナを知らなかったんだよ?私を抱くまで。」
「む、人のことは言えないが、いいオッサンがねえ。」
「じゃあ、どうするの?ヒロカちゃん。やっぱりテツヤさんを連れて行って…」
「それは無いよ。一度裏切った者は二度目があることを、テツヤ自身がよく知っているしね。」
「ユキノさんですわね。」
「おい、ミヤビ。」
「あ…ごめんなさい。」
何だか新しい組織にみんなで参加する方向へ話が流れて言っているのが気になるが、それより私には言わなければならない事がある。
「ねえ、テツヤさんを許してあげて!お願いよ、ヒロカちゃん!」
「…そればっかりは親友の君の頼みでもどうにもならないよ。よりによって君からの願いならなおさらにね。」
「ヒロカちゃん…。」
彼女は目を逸らした。
「…ムリだってば。」
「じゃ、話は戻るんだけどさ、テツヤの代わりはどうするんだ?」
「候補は見つけてある。ていうか、つい先日話がついて、本当ならもうすぐここへ来るはずだった。」
「どんな方ですの?」
「テツヤが出るはずだった世界大会で惜しくもメダルを逃したものの、国民的英雄として誰もが知るスター選手さ。」
「ねえ、その人ってまさか…。」
「うん、君、鈍いわりにカンはいいね。ユキノさんのカラダを快楽に狂わせ、テツヤに地獄を見せた男だよ。」
「テツヤさん、私をプールに誘ったのって…。」
彼は少し微笑んだだけだったが、その想いは言葉以上に伝わってきた。
「バカな!」
「笑えませんわ。」
「即戦力なんだよ。スタッフ増強にはうってつけの。」
私は意を決してはっきりと言った。
「ヒロカちゃん。私は行かない。」
彼女は私の方を寂しそうに見つめた。
「うん、そう言うと思ったよ。君のそういう意志のはっきりしたところも好きなんだから。」
「ヒロカちゃん…。」
「だからさ、最後のお願い。一度だけ、一度だけ君を抱かせて。」
私は正直迷った。ずっとずっと彼女は苦しんできたんだ。親友の想いを遂げさせてあげたい。それに、相手がヒロカちゃんなら私…。でも。