第七章 傷跡-5
「寝取られたの。彼女を。」
「何だそれ。そんな事ぐらいでか。」
「サユリさん!」
「ん?何か悪い事言った?」
ミヤビさんは私の方を目で指した。」
「あ、ごめ…」
「いいから!」
「プライベートで一緒に居る写真を撮られても平気なぐらい順調に付き合ってたんだけど、強化選手仲間の一人がしつこく誘ってね。テツヤったら、一回だけだぞ、って、一緒に飲みに行くのを許したの。その彼女ってのがノリがいいというか、何というか…。酔いもあったのかなあ、ついついそういう関係持っちゃったんだよ。で、もちろんすごく謝った。テツヤはそんな彼女を許した。でも。彼女、そのオトコに刻まれたオンナの悦びが忘れられなくなってしまったんだ。その唇を舌を指先をそして…。何度も何度もそういうことが繰り返されて、テツヤは荒れた。練習には行かず、酔いつぶれては喧嘩し、そのうち肩にケガをした。全治三か月。選手生命を絶たれるほどのものではないけど、時期が悪かった。素行も問題にされ、強化選手から外された。」
「そんな事が…テツヤさん。」
「そうか!それで泳ぐのが早いんだ。」
「サユリさん、そこじゃありませんわ。」
「で、ヤケになって酒場で暴れて袋叩きになっている所をうちのアニキに助けられたの。このガタイ見れば分かるでしょ。たいていのヤツは逃げだす。」
「だからって、何故こんな事を始めたの?テツヤさん。」
彼は小さくフ、と笑った。
「悔しかったのよ。自分では彼女に十分な快感を与えてやれなかった。だから失った。ならば、オンナに悦びを与える知識を経験を技術を身に着けてやろうと考えた。で、丁度仲間を必要としていたアニキの誘いに乗った。」
「あ、でも、ヘタだったんだろ?」
「そうですわね。わたくしもそこには同じ疑問を感じますわ。だって、あんなにお上手…。」
「おい、ミヤビ。」
「あら…。」
「頑張ったんだよ。練習台はアニキがいくらでも連れてきた。方法は分かるだろ。」
「なんてことを…。」
「その子たち、その後どうなったんだ?」
「ときどき遊びに来るよ。」
「え、自分からかあ?」
「信じられない?」
「いえ、信じられますわ。」
私も今なら信じられる。それほどこのカラダへと刻まれた倒錯した快感は、鋭く、深い。消えることのない傷跡として、私と共に生き続けるだろう。
「よろしいかしら。」
「何?」
「テツヤさん、ご自分のことをあまり話したがらない方にお見受けするのですけれども、あなたはどうしてそんなにお詳しいのかしら。」
「テツヤはほとんど何も言わなかったよ。彼女から聞いたんだ。」
「え、裏切ったとかいう彼女?知り合いなのか?」
「君たちもとっくにお知り合いだよ。」
私たち三人は、場所も日時もバラバラに誘拐されてきた。ここに来るまで、何の接点も無かったのだ。それなのに共通の知り合いとなったら、一人しかいない。
「え、オマエが彼女だったの?」
「違う!誰がこんなオッサンと。」
「あ、あの、ヒロカちゃん…。」
「え?あ…そうか、君、テツヤと。ごめん。」
「ううん、いいの。」
「さすがは親友、許してくれるのか、コイツめ!あははっ!」
「あは、はは、はぁ。」
私もつられて一応笑った。
「でも、テツヤさんを裏切ったユキノさんが、なぜここに一緒にいらっしゃるのかしら。」
「さあね。オトコとオンナの機微、というものなんじゃないかなあ。よく分からないけど。」
「なんだそりゃ。」
「さっき、ここを閉める理由は二つとおっしゃいましたけれども、裏切りの他のもう一つは何ですの?」
「あ、そうそう、道草長すぎたね。ごめんね、みんな。」
こういうカラっと湿り気のない明るさがヒロカちゃんの魅力だ。
「もう一つの理由は。」
ヒロカちゃんの唇に注目が集まる。