第六章 水面(みなも)-1
「もし時間があったら、リクリエーション・エリアのロビーに来てくれないか。」
テツヤからの内線だ。いつもはイキナリ部屋に押しかけて来るのに、電話とは珍しい。しかも、なんだか遠慮気味で、普段の高圧的な態度とは印象が違う。
「分かりました、すぐに伺います。」
いつもの様に強制されている感じがしない。行かなくてもよさそうに思えたのだが、私は彼の様子が気になり、指定された場所へと向かった。
リクリエーション・エリアには温泉やジムなどがあり、自由に使える。ロビーはそれらの施設への入り口にある。
「やあ。」
テツヤが手を挙げた。おかしい。やはりいつものような自信に溢れた彼ではない。どこか疲れたような、元気のなさを感じる。
「なあ、ちょっと泳がないか。」
穏やかな様子で言われ、断る気にはならなかったが、一応訊いた。
「それは命令ですか?」
テツヤは俯いてフ、っと笑った。
「違うよ、お願いさ。」
お願い?思わず顔を覗き込んでしまった。
「あ、じゃあ部屋に戻って水着を…」
「必要ないよ。行こう。」
そういうことか。ハダカで泳がせて何かするつもりなんだ。ほんの一瞬でも心配したのがバカみたいだ。
「はい、これを着て。」
え、着るの?渡されたビニールバッグを開けてみた。…スク水。そう来たか。どこにでもあるヤツだ。ご丁寧に胸のところには白い布が縫い付けられていて、私の名前が見慣れた字で書かれている。…は?
「あの、これって…。」
「うん、君のために特別に取り寄せたんだ。」
ほらほら、いつもの調子が出てきた。まあ、そうだよね。こっちは誘拐されてる身なんだから。タダでお願いなんかされるワケがない。
「じゃ、更衣室を出たところで。」
「はい。」
更衣室に入り、とりあえず着ているものを脱いだ。そして感動の再開を果たしたスク水に片足を入れようとした時、しばし硬直し、呆れた。パットが無い。胸だけじゃなく、下も。これじゃあツンツンが見えちゃうし、いろいろ透けたり形が分かったりしてしまうじゃないの。全くもう。でも、着ないよりはマシか。いや、着てないよりイヤラシイかもしれない。だからと言って、ハダカのままプールへ出ていくのも何だか欲しがってるみたいでイヤだ。私は諦めて着替え、更衣室を出た。
「あのこれ、こんなことになるんですけど。」
あえてツンツンを見せてやった。
「だよね。ごめんね。」
もうナマでさんざん見てるからいいじゃないか、ぐらい言うと思ったのに。何か調子狂うなあ。
「さあ、泳ごう。」
「はい。」
ちなみにテツヤはごく普通の水着。前が丸出しとかそういうの一切なし。
「お先に!」
私は飛び込みを綺麗に決めてクロールを始めた。元水泳部舐めんなよ。中学の時だけど。
後ろで小さな飛び込み音が聞こえた。お、そこそこ泳げるんだ。え?泳ぐ音が近づいてくる。
息継ぎの時チラ見すると、完全に並ばれていた。っていうか、あっと言う間に抜かれてた。私、これでも県大会の代表だったんだよ?
何回ターンしただろう。どれだけ周回遅れにされたんだろう。さすがに疲れて立ち止まった。私が自力ではプールサイドにも上がれずにいたら、手を貸して引っ張り上げてくれた。
「あー、久しぶりに思いっきり泳いだよー。ありがとう。」
人工芝の上に寝転がった彼が言った。私も隣に仰向けになり、顔だけ向けて言った。
「すごいですね、かなりやってたんですか?」
「うん…昔はそれなりにね。」
やっぱりだ。今日の彼はどこかおかしい。プールの天井をぼんやり見つめている。
私は…彼に口付けた。
「!」
テツヤは驚いてこっちを向いた。私は彼の胸に頭を預け、上半身を重ねた。すると、髪を優しく撫でられた。
「…オレがどれだけ非道いヤツか知ってるだろ?」
「ええ、知ってる。ここへ来た時から何回も何回も、あんなにもこんなにも…。イジメられ続けてきた。」
「だったら…」
「分からない。」
本当に分からないのだ。この男から受けてきた仕打ちを考えれば、今のこの状況はありえない。
私は顔を上げ、テツヤを見つめた。彼も私を見つめ、唇を重ねてくれた。
「ねえ、そういえば今日はヒロキは一緒じゃないの?」
テツヤの顔が一瞬曇った。
「居ないよ。出かけてる。」
「そう…。」
「ところでさ、さっきから何か尖ったものが胸に当たってるんだけど。」
「私の太ももにはもっと大きな物がグイグイ当たってるよ。」
ギュー、っと抱きしめられた。私は逆らわなかった。いや、自分からもしがみついていった。
一旦カラダを離した私は、自分でスク水をウェストあたりまでめくった。
「これですよー、当たってたのは。」
「ほう、なかなか元気だね。そんなに尖って。」
テツヤは立ち上がって自分の水着をズリおろした。ピョコーンとそれが跳ね上がった。
「これですよー、当たってたのは。」
「ほう、なかなかお元気ですな。そんなに上を向いて。」
お父さんの以外ナマでは見たことないんだけど、そこはまあ、ゴニョゴニョで、ナマ以外なら初めてではない。でも、やっぱりこの年齢になって見るナマは、違う感情を抱かせる。
「え、何?」
座ったままジー、っとそれを見つめている私に照れたようにテツヤが言った。私は膝立ちになって顔を近づけ、パク、っと咥えた。
「ちょ、何してんの?」
「オトコの人、こうされるとキモチイイんでしょ?」
「うん、そうなんだけど…どうして自分から?」
「分からない。したいと思ったから。」
私は動画などでお勉強した事を思い出しながら、一生懸命してあげた。その様子を、テツヤが優しい目で見ている。