第五章 かえった-1
「やあ、なんだかこの頃、初めて会った時よりスッキリした顔になってきたね。」
スウェット姿のサユリさんがリビングに降りた私に声をかけてくれた。
「え、そうですか?」
自分ではそんな意識は無いのだけれど、言われてみれば少し気持ちが軽くなったような気がする。それに対して。
「サユリさんはなんだか少し元気が無いように見えるんですけど?」
いつもはあんなに活き活きしてるのに、今はあまりパワーを感じない。
「ん?まあね…。」
私はとあえずサユリさんの向かい側に座った。何か言いたいことがあるのに言い出せない、そんな風に見える。
「あの…私でよかったら。」
サユリさんは、フ、っと笑った。
「ごめんね、後輩に心配させちゃって。」
「いえ、そんな。」
しばらく下を向いていたサユリさんが呟いた。
「消えちゃったんだ。ロリのやつ。」
「え?」
ゴスロリ金髪クリクリの女の子だ。
「まあ、これまでにも有った事なんだけどね、誰かが急に居なくなるっていうのは。でも、やっぱり慣れないね。毎回寂しい想いをする。特にあいつは、初めての後輩だったから。」
私は何も言えなかった。何を言おうと無責任になるだろうから。
「後輩のくせに先に消えやがって。順番守れよな。」
どこかの部屋かプールにでも行っている可能性もあるが、そんなものはとっくに確認済みだろう。
「完全に消えちゃったんだぜ。部屋の中は空っぽ。服一枚残ってやしない。まるで最初から居なかったみたいにさ。」
サユリさんは俯いて唇をキュ、っと結んでいる。
「あら、あなたたち。」
ミヤビさんもリビングに降りてきた。
「おう、アンタは消えてなかったか。あはは!」
無理して笑ってるのが痛々しい。
「ロリちゃんの事ですわね。私もさっき部屋を確認してきましたわ。なんでこんなことになるのかしら。」
「…分かんないよ。でも、噂レベルだけど先輩が言ってたことがある。」
「どんな噂ですか?」
ミヤビさんも身を乗り出して来た。
「かえった、ってアイツらが言ってるのが聞いた人がいる、って。」
「それって、ここから抜け出して、元の家に帰った、ってことじゃないですか!」
「うーん…どうもそういうニュアンスじゃ無いんだよな。それに、出ていくとは思えないし。」
「そうですわね。自分から出る人がいるとは思えませんわ。」
またそれか。でも、その話は後にしよう。
「では、どういう意味で?」
「そうだなあ。土に還る、っていうだろ?そんな感じに聞こえたらしい。」
「だとしたら、なんだか不吉ですわね。殺されて埋められた…」
「やめてくれよ!」
「あ、ごめんなさい…わたくしったら。」
「いや、こっちこそ。でも、今だけはそれを言わないでくれると助かる。」
「今更だけれど、本当はわたくしも同感ですの。」
「うん、分かってるよ。ミヤビさんは意地悪でそんなことを言う人じゃない。」
重い空気が、けして狭くはないリビングに充満した。
サユリさんがポツリ、ポツリ、っと話し始めた。
「アイツさあ、プールに行ったとき、ハダカで泳ごうよぉ、って言い出しだんだぜ。恥ずかしくないのか?って言ったら、温泉はぁ、ハダカで一緒にぃ、入ったよぉ、なんて言うんだ。バカだろ。他にもさあ…」
う、う、っと言う声が漏れ始め、彼女はそれ以上何も言えなくなってしまった。ひー、ひー、っとしゃくりあげるまでに泣き始めたサユリさんを、隣りに座っていたミヤビさんが肩を引き寄せてギュ、っと抱きしめた。
「あーーー!バカヤロー!今度会ったら、今度…会ったら…会いたいよーーー!」
号泣し始めた。それだけ大切な人だったんだ、サユリさんにとってのロリちゃんは。
ミヤビさんがサユリさんと頭をくっつけ合って、短い髪をヨシヨシしている。私はどうしたらいいか分からなくてじっとみている事しか出来なかったが、ミヤビさんがアイコンタクトをくれた。それをきっかけに私もサユリさんの隣に座り、両手で両手を握りしめた。
「オマエら、先にいくなよ。順番だからな。そして、俺が消えたら…泣いてくれるか?」
二人共大きく頷いた。
「ありがとう…。」
収まった…かに見えたのだが。
「あーーー!やっぱり会いたいよーー!ロリーーーー!うわあーー…」
その時、ミヤビさんがサユリさんの顔をクル、っと自分の方に向け、優しく口付けた。
「な…。」
サユリさんは凄く驚いたが、とりあえずは泣き止んだ。そんな方法があったのか。
「ロリちゃんの代わりは出来ませんけれども、あなたにはわたくし達が居りますわ。ねえ?」
「ええ、ミヤビさん。」
「今度はいつ誰が消えるかなんて分かりません。それが正直なところですわ。でも、だからこそ、一緒に居られる間は励まし合い、慰めあっていきませんこと?サユリさん。」
サユリさんに微かな笑顔が差した。
「ありがとう、ありがとう…」
サユリさんは今度は自分からミヤビさんに口付けた。そして振り返ると、私にも。女同士なんて初めて、って言うか、男の人ともしたこと無いんだけど、嫌な感じはしなかった。私も彼女に唇を返した。すると。
「え?えー?」
サユリさんが私にのしかかってきて、両手で顔を挟み、激しく唇を合わせてきた。いや、合わせるなんてものじゃない。這い回り、舐め回し、ついには私の口の中に舌を入れて絡ませてきた。
「う、うう!」
私はしゃべれない。ミヤビさんの方をみた。目が合うと、彼女はゆっくりと頷いた。したいようにさせてあげて、ということのようだ。