序章-3
駐車場で待ち構える警備員にチップを渡し、助手席に自分で乗り込んだキャサリンは、シートベルトを締めて、問題ないわ、と両手を挙げて微笑んで僕を和ませてくれていた。
ベルトに挟まれた胸は何度みても圧倒されるデカさだった。紹介書には整形無し我慢も無しと記載されていた。アジア人産まれとは書いてはあるが、間違いなく欧米の血統が入っているだろう身体の造りだった。
「なぁ、キャサリン。本当はハーフなのかい?」
「分かんないわ。両親は純粋なアジア人よ。でも、小さい頃から全く似てないって言われて過ごしたわ」
無くはない話だった。これ以上聞いても何も出てこないことは明らかだった。話を逸らすように、セットしてある英国のR&Bを再生してあげていた。車窓を眺めながら音楽に合わせて口ずさむキャサリンは日本の若い女の子と何一つ変わらない仕草だった。
「そうだキャサリン。君のことなんて呼ぼうか?ニックネームだよ」
「エレナよ。キャサリン、エレナ、ピアンカ。本当の本名よ」
驚いてしまった。さりげなく本名を語ったエレナだが、その名前は完全なイタリアの血統を証明する名前だった。
「エレナ。どうして分かったんだい?」
「名前のこと?家を追い出されたときに引き取ってくれた人が教えてくれたのよ」
ため息が溢れてしまっていた。エレナは間違いなく親から家を追い出されて今に至っているに違いなかった。壮絶な思春期があっただろうことが容易に想像できてしまっていた。エレナを横目で眺め、音楽を口ずさみながら車窓を眺める姿に日本人は到底真似のできないメンタルの強さと尊敬を認めることしかできなかった。
「なぁ。エレナ、もうすぐ家に着く頃だ。今日は二人でパーティでもしようか?」
「やったぁー」
助手席で両手を挙げて陽気に音楽に合わせて踊るエレナに優しく微笑んであげていた。郊外の高級住宅街にある僕の家が見えてきた。ガレージの自動ドアを開けて車を停めた僕達を歓迎するように、もう一人の家政婦が頭を下げて僕達を迎え入れてくれていた。
「ただいま。今日から手伝ってもらうエレナだ。荷物はエレナの部屋に運んでおいて下さい」
「OKよ」
深く頭を下げる秘書兼家政婦のダリアに紹介を済ませ、僕達はリビングのソファーでぐったりと寛ぐように並んで座っていた。
「わたしの部屋はあるの?」
「勿論さ。一軒屋だけど殆ど使ってない部屋ばかりだ。エレナは僕の隣の部屋だよ。案内するから着いておいでよ」
2階に上がり、僕の寝室の隣にある20畳程の空き部屋を指して、ここがエレナの部屋さ。と教えてあげていた。
「すっごい広い。嬉しいわ」
「好きなように使って良い。僕はこの部屋には入らない。そこは約束する」
「優しいのね。嬉しいわ」
何もない真新しい綺麗な部屋に目を輝かせながら眺めているようだった。
「全ての荷物が届いたらリビングに戻ってきて下さい。その時に家政婦の仕事を説明します」
「了解です。あとで行くわね」
若い女性らしく胸の前で手を合わせ、これから暮らす広い部屋に羨望の視線で楽しそうに笑っているようだった。
「そうだエレナ。パンプス履いてたら疲れるから、さっき買ったシューズに履き直しても勿論OKさ」
階段を降りる僕に向かって可愛らしい笑顔で手を振って投げキッスをしてくれていた。ガレージに戻りダリアの運搬を確かめてみたが、流石はデキる秘書だった。荷物の搬送を警備員を呼び出して的確に指示を出していた所だった。
「今日はもう帰るわ。明日は10時過ぎに来るわね」
そう言い残して運搬の指示を再開して僕をあしらうように後ろ手で手を振り、僕はその場を後にしていた。
暫くテレビを観ていた僕の前に、シューズに履き替えてホットパンツにタンクトップに着替えたエレナが姿を現していた。
「荷物は全て終わったかい?」
「さっきダリアさんが帰っていった所よ」
「そうか。じゃぁ、説明するからそこに座って待ってなよ」
僕は冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出してエレナの前に置いて、向かい合わせで座って必ずやってもらいたい最低限の約束を教えていた。
「エレナ。食品を買うときはこのサイトで買いなさい。清算は全て僕に来るから心配ない。欲しいものを保管場所に入るだけ好きなだけ買ってもいい。分かる?」
「分かりました」
「掃除は必ず朝にして下さい。夜は掃除しなくて良い。掃除の範囲は3箇所だ。リビングとダイニングと浴室。理解できた?」
「トイレや廊下は?」
「そこは暫くダリアがやる。だからエレナは何もしなくていい。OK?」
「OKよ」
「今日はここまで。明日の朝、僕は9時に起きる。それまで掃除だけは頼むよ」
「OKです」
「説明は終わり。それじゃ、パーティを始めよう!」
「やったー」
若いだけある身軽な仕草だった。翌朝の掃除は全く期待していなかった。初日はパーティをしてエリナを楽しませる。最初が肝心なことを十分に理解して決めた初日の予定だった。早速、ネットでパーティ一式を手配した僕は、エレナにワインセラーの場所に案内してシャンパンを取り出す手順を教えてあげていた。ワイングラスがぶら下がるダイニングの棚に手を伸ばしたエレナは、大きな胸がじゃまをするようにタンクトップの脇からブラジャーが丸見えではみ出してしまっていた。手伝う素ぶりでエレナのデカい胸を真横から掴んで握っても、何も言わずにワイングラスを二つ手に取って、取れたわよ。と勝ち誇った若い笑顔で僕を見上げてくれていた。
完璧な反応に満足した僕は、テーブルに並べられたグラスに溢れるようにシャンパンを注いでエレナを酔わせる準備を始めてあげた。今日は私とても幸せ。と可愛らしく話す若いエレナを見つめて乾杯してあげていた。一気に飲み干すエレナは大人びた仕草で、美味しいわ。と僕に微笑んでくれていた。