離婚の理由-1
備え付けの温泉は完全なプライベート空間で寛ぎを与えてくれていた。二人で洗いあった身体を流し、ゆっくり湯船に浸かったわたしたちは浴室の庭に置かれた二脚の椅子に並んで座って夜風を楽しんでいた。
「いい温泉ね」
「そうだね。高かっただけはあるね」
「それ、違うのよ。高いから良い温泉ってことは無いの。昔ね石川県の有名な老舗旅館に泊まったことがあるの。たしかに料理も高価だったし景色もよかったわ。でもね、高いだけだったの。本当にいい温泉って心から解放される所だと思うの。そこには値段なんて関係ないわ。本当の価値は泊まるわたしたちが決めることだと思うのよ」
「難しいですよ美奈子さん。僕には分からないです」
「嫌だ。お姉さんぶったかしら」
「大人なんですね」
「一応、2コ、わたしが年上よ」
「美奈子さん。どうして離婚したんですか?」
突然の真面目な質問だった。いつか聞かれる話だった。私はきちんと話しておこうと思い順番に事実を正直に語り始めてあげていた。
「わたしね元旦那しか男を知らなかったのよ」
「え!ウソでしょ」
「本当よ。高校を出て就職してすぐに職場の先輩に紹介されて付き合ったの。初めての男よ。そのまま数ヶ月もしないうちにプロポーズされたわ。わたしがまだ19歳の頃よ。初めての彼氏に舞い上がっていたわ。親は勿論反対したわ。それでも年上だった元旦那の一人暮らしの部屋に逃げるように家を出たの。わたしも元旦那も若かった頃の話よ」
「何年くらい前の話ですか」
「籍を入れたのが93年よ。当時はバブルが崩壊してどんどん会社が倒産した時代よ」
夜風に目を閉じて当時の部屋を思い出していた。
「僕はその時、まだ高校2年です」
「ちょっと、たった2歳しか違わないじゃない。わたしもまだ10代よ。凄い歳の差みたいに言わないでくれる」
ふざけるあの人の肩を叩いて笑ってしまっていた。
「でも、十代で結婚って親の承諾が必要なんじゃないですか?」
「同意書ね。その通りよ。お母さんが持って来てくれたのよ。会社から帰ったらお母さんが待っててね。もう家に帰ってくるなってお父さんが言ってるわよ。って渡してくれたの。わたし泣いちゃたわ」
「ドラマみたいです」
「若い頃の結婚は色々あるものよ。結婚式もあげてないし指輪も無いわ。でも、若いって凄いわね。今思ってもよく結婚を許してくれたと思うわ」
硫黄の湯気が立ち上がる空を見上げ、目を細めて若い頃の自分を思い出して苦笑いを隠すことしかできなかった。