♠性悪女♠-12
「ううん、大丈夫。それよりお迎えありがとう〜」
語尾にハートでもついてそうな甘えた声で小野寺くんに手を振る松本。
そんな彼女にニコニコ微笑みかける小野寺くん。
そして瞬きを何度もして、今の状況を理解しようとする俺。
こ、これは一体……?
頭がついていかない俺の耳に、発車のメロディーが流れ出した。
その頃になると降りる人もほとんどホームから出口への階段に群がっていて、ホームに立ち止まる人はほとんどいなかった。……松本と小野寺くんを除いて。
呆気に取られている俺に気付いた小野寺くんが邪気のない笑顔で俺に手を振った。
「天野くん、じゃあね」
「え、ちょ、ちょっと待って? 松本は……今から小野寺くんと遊ぶ……の?」
「遊ぶ」という表現をしたのは、これから返ってくる答えのダメージを少しでも減らしたかったから。
だって、そうだろ。振られて、松本の正体がわかっても、今日の昼くらいまでは大好きで仕方なかった女。
だけど松本はそんな俺の気持ちなんて全く気付かず、こちらに向かって、
「うん、小野寺くん家にお泊まりするの」
と、満面の笑みで俺にダメージを与えた。
「お泊まり」というキーワードが石になって頭の上に落ちてきた、そんな衝撃。
うわぁ、やっぱり聞かなきゃよかったー!!
頭を掻き毟る俺。その中身は「お泊まり=セックスをする」ってことで、目の前の美男美女が裸で絡み合う所を、想像したくないのに、勝手に脳みそが再生してしまう。
「というわけだから、今日はここでバイバイね」
発車メロディーが鳴り終わり、ドアが無情にも閉まっていく。
そしてドアが閉まる数センチという所で俺は、
「ちょっと待てや、松本!!」
と叫んだ。
この性悪女には一言言わしてもらわにゃ腹の虫が収まらねえ!!
テメー、彼氏がいないって周囲に言っておきながら、小野寺くんと付き合ってたのか!?
ふと寂しそうな顔をしていたのも、やっぱり全部演技だったのか!?
しかし、無情にもドアはプシューッと音を立てて閉まり、少しずつ動き出そうとする。
ホームでは、俺を笑顔で見送る美男美女。
電車の中では、歯を鳴らしながらほっぺたを窓にくっつけてあの性悪女を睨みつける俺。
だんだん小さくなっていく二人に向かって、俺は人目もはばからず
「あのクソアマー!!」
と叫んでいた。