借り物のカラダで-1
「なんだ、お前ら。」
二人の男と一人の女に囲まれている。場所は長いトンネルの中間あたり。税金を大量に注ぎ込んで作られた、丘を一つくぐって反対側へ抜けるバイパスだ。近道なので俺は時々バイクで通るが、今みたいな早朝にはほぼ誰も居ない。
いや、昼間だってあんまり他の利用者を見かけない。何のために作ったんだろ。
税金で成り立っている予算を、自分が自由に使えるお金だと勘違いしているんじゃないか、と疑ってしまう。いや、どこかの業者にカネを回すために必要のないトンネルを…。
それはともかく。俺は今、けっこうヤバいことになっている。
「一緒に来てくれない?楽しい所へ。」
上下とも白のジャージの女が話しかけてきた。ジャージの左太ももには巨大なネコのプリントが入っている。
「どんなふうに楽しいんだ?」
「操り人形で遊ぶの。」
「へー。楽しそうだね。」
「ええ、好きでしょ?そういうの。女の子同士にあんなことさせたり、縁結びしたり。女風呂で恥ずかしいことさせちゃったりね。」
「よくご存知で。」
「もっと凄いことしてみたくない?」
「今のままで十分楽しいから、遠慮しとくよ。」
横に立て掛けてあるバイクに乗ろうとしたが、男二人が前を塞いだ。またがる時間をくれそうにない。やるしかないのか。
話の内容から、少なくとも一人は憑依者だろう。時々ルナさんをハアハア言わせられるくらいに憑依力が上がってきてるとはいえ、三対一では厳しい。よく見ると三人ともルナさんのに似たワークキャップを被っている。もしかして仲間なのか。
憑依力を鍛え、手下にするために近づいたのがルナさん?いや、そうは思えない。これまでのことを考えれば分かる。いつも俺のことを見守ってくれた。本当のお姉さんのように感じ始めてさえいる。しかし。
「どうする?一緒に来るか、痛い目をみるか選ばせてあげるわ。」
「痛い目、見ようかなあ。」
俺は手に持っていたヘルメットを男の一人に投げつけ、ひるんだところで手を掴んだ。が。
「残念。先客が居るのよ。」
手を放して蹴飛ばした。男は少しよろけただけだった。前後から男たちが迫ってくる。逃げるなら横だ。ギリギリまで引きつけて、右へ飛び、トンネルの壁を背にした。
「あら、そんな所に行ったら囲まれるわよ。」
「そのかわり、背後をとられない。」
「なるほどね。頭も悪くない。ますます欲しくなっちゃったなあ。」
何か武器は…あるわけないか。ヘルメットも投げちゃったし。靴脱いで投げる?靴下脱いで嗅がせる?…真面目に逃げる方法を考えた方がよさそうだ。
バイクにさえ乗れれば、さすがに追いつけないだろう。少しだけ時間を稼げれば。
「もういい?それなりに忙しいのよ、おねえさん。」
「は?」
「は、ってなによ。」
「暗いせいかなあ、おねえさんには見えないよ。せいぜい、ベテランのおねえさんだね。」
「まあ!失礼な。っとか怒らせて隙を作る作戦?ちよっとベタすぎたわね。」
「いや、ホントにオバサ…」
「捕まえなさい!」
引っかかってるじゃないか。でも隙は出来なかった。行くか、正面突破。
「おりゃー!」
男の一人に突進した。今度はさっきよりよろけた。行ける!もう一人が来る前に駆け抜けて…。
「え?なんで?」
俺の周りには一人の女と五人の男たちが立っていた。
「忘れたの?先客が居るって言ったでしょ。三掛ける二。簡単な算数よ。」
ダメか。結局連れて行かれるしかないのか。
「ん?」
『しゃべらないで。』
ルナさんだ!
『君は右端、私は二番目の男に入る。二人掛かりで一人倒せば二対三。勝算は十分にある。行くわよ!』
バッ、っと二人に増えた俺たちに奴らは一瞬戸惑った。作戦通り右側の二人に飛び込み、三番目を同時に攻撃してブっ飛ばした。
残りの男二人がつかみかかってきた。敢えて戦いに応じ、同士討ちである程度消耗させたところでサっと出た。俺たちが入っていた二人は、まだ仲間に殴られている。
「気をつけて!あいつけっこう強いから。しかも銃を持ってる。でも、倒せば逃げ切れる。」
「銃う?撃たれたら終わりじゃないですか。」
「大丈夫。当たらなければいいのよ。私を信じて。」
ルナさんと女が睨みあった。
「あら黒ちゃん、お疲れさまでした。後は予定通り私が引き継ぐわ。」
ルナさんに銃口が向けられた。危ない、っと思ったら、彼女は俺に憑依して身を隠した。そして全然違う場所に出た。
「そうか!」
俺たちは互いに出たり入ったりを繰り返して瞬間移動し続け、狙いを定めさせない。
「はああっ!」
間合いを詰めたルナさんがハイキックで銃を蹴り飛ばした。
「とあーっ!」
女が反撃する。
後はもう、カンフー映画の世界だ。赤いワンピースのルナさんが舞えば、白いジャージの女が踊る。服装は無茶苦茶だが、戦いはシリアスに続いていく。
「ぐうう…。」
ルナさん、頑張れ!っと観戦していた俺は、いきなり後ろから首に腕を巻きつけられた。
「しまった!時間をかけすぎたわね。」
ルナさんは俺を捕まえている男に入り、解放してくれた。だが、今度は彼女が憑依している男ごと体当たりで転ばされた。出てきたルナさんに俺が入ってダッシュで間合いをとり、俺が出て二人で並んだ。
「どうしよう。」
ルナさんの方を見ると、口元がニヤリと笑っている。