さいかいはさいかいはつビルで-1
駅前の再開発ビルが完成して、ようやく客が落ち着いた秋。
僕は学校の帰りに必ず、ビルの中の大きな書店を訪ねていた。
その日、僕は出会ってしまった。
『美幼女』に出会ってしまった。
立ち読みをする母親に抱かれ、肩の向こうから僕を見つめている幼女。こぼれ落ちそうなほど目をパッチリ見開いている。
ふと、一歩幼女に近づいたとき、抱っこしていた母親が僕の方を見た。
「え?」「あれ……」
中学の三年間、同じクラスで成績の上位を争っていた女、みんとだった。
僕と同じ高校に合格したはずなのに、なぜか姿を見なくなったみんと。
(そっか……この子が出来たからなのか……)
と考えたとたん、
「おまえ、それは違(ちゃ)うぞ。」
僕のことを「おまえ」呼ばわりする、ひさしぶりのみんとの声が聞こえた。
「父ちゃんと、新しいハハとの赤ちゃんなんや。可愛いやろ。」
「うん、美人やな。なんちゅう名前やのん?」
「ゆう子、言うねん。古風でええ名前やろ。」
「ゆう子チャン……ピッタリやな。いくつやのん?」
「もうじき一歳やな……フフッ、抱っこしてみる?」
「アカンアカン、そんなんアブナイ。」
「アカン言うほうがアカン。おまえも赤ちゃん抱っこするくらい経験しとけ!」
この強引な女、それがみんとだ。僕が両腕をこわごわ差し出すと、ゆう子チャンはまるで宙を舞うように僕の腕に移ってきた。まるで綿菓子のようなゆう子チャン。ゆう子チャンを抱っこする前より、僕は腕が軽く感じた。
なのにゆう子チャンは僕を力強く、しっかりとらえている。ゆう子チャンのパッチリした目を間近に見ながら、僕はみんとの語る「空白の日々」を聞いていた。
父ちゃんと新しいハハが、夫婦で会社を立ち上げたこと。その会社がなかなか軌道に乗らず、みんとも社員となるために高校への進学をやめたこと。毎日忙しかったこと。その忙しい最中に新しいハハが妊娠してたこと。ゆう子チャンが生まれて、姉であるみんとが忙しいハハに代わって世話してること……でも、そんな話は上の空で、僕は初めて抱きしめた「美幼女」のぬくもりと匂いに夢中だった。
「おまえ」みんとが僕に触って言った。「カシコイおまえが着たら、この制服ピシッと似合っとるな。」
「何言うとんねん……みんとサンの方が、ずっとカシコかったやん。」
みんとが少し笑った。僕はよけいな事を言ってしまったのを感じた。