前章(四)〜惜別T〜-34
「目交わいに至る前は、呼び水として必ず、互いの性器を舌や指で刺激し合い、昂りを極めるのさ。」
伝一郎と夕子。二人は互いの股間に顔を埋め、昂る心の赴くがまゝに、舌で刺激し合う。その姿は番(つがい)の獣の如く、我慾をぶつけ合っている。
「だ、駄目だ!夕子!」
意外にも、先に根を上げたのは伝一郎だった。一物にしゃぶり付く夕子の動きに合わせて腰を振り出したかと思うと、短い呻き声と共に、陰囊(いんのう)の堰を切っていた。
次の刹那、摩羅は夕子の咽喉で暴れ廻ると共に、夥しい量の子種を放出した。
「ぐっ!んんっ。」
咽喉の奥から、滑々(ぬらぬら)とした物が口中に溜まって行くと、夕子は不覚にもそれを飲み込んだ。
鼻の奥からする生臭い臭いが、彼女の眉根に皺を刻ませる。
「うえっ!げえっ!えっ!」
夕子は堪え切れず、脱兎の如く障子戸を飛ばすと、諸肌(もろはだ)を川縁に晒したまゝ残った子種を吐き出した。
「どうだい?初めての※18口取り(くちどり)で、子種を出された気分は?」
底意地の悪い問い掛けに、夕子は喘ぎ乍ら訊ねる。
「こ、こんな……こんな事を、誰もがやってるのですか?」
「そう。目交わう関係を持った男女なら誰しもが……。それ所か、夕子がたった今、吐き出した男の子種さえ、一滴足りとも洩らすまいと、旨そうに飲み込む女さえ居るよ。」
伝一郎の言葉に、夕子は、胸の奥を搾られる様な痛みを感じた。
「貴方は……今迄、その様な関係を何度も重ねて来られたのですね。」
刺の有る云い回し。伝一郎には、それさえも可愛らしく思えてしまう。
「そう妬くんじゃないよ。普段は、東京で禁欲の寄宿舎暮らしを過ごしているし、今はこうして、夕子しか見ていないじゃないか。」
伝一郎は、そう云って夕子の腕を取るや否や、再び、煎餅布団の上に臥(こや)らせて覆い被さった。
「折角の仮粧が台無しに為ってしまったな。此処を出る前に、宿屋の女将に頼んでみるか。」
「い、いえ。それでしたら、此の中に、紅と白粉(おしろい)が入っていますので。」
見れば部屋の隅に、ぽつねんと籠巾着が置かれている。
「──鏡が有れば、直しは自分で出来ますから。」
「それは上々だな。では……。」
伝一郎は、枕許の塵紙入れから数枚取り、唾液と子種塗れに為った夕子の口許を丹念に拭い取った。
鮮やかな仮粧は失われたが、何時もの顔も、昂りを感じると言うもの。伝一郎は気を取り直し、再び、口唇を重ねた。
「うっ……駄目……未だ、口の中に。」
口一杯に放出した子種の余韻が有るにも拘わらず、伝一郎は構う事無く、夕子の口中に舌を滑り込ませる。生臭い残り香を躊躇いもせず、寧ろ、舐め取る様に歯茎の裏に至るまで、舌を這わせて行った。
夕子は想い人の舌先の動きを口中で感じ乍ら、舐められる事に由って、自分の中で再び、情欲の焔が灯るのを知った。
熱く濃厚な接吻を何度も交わしつゝ、伝一郎の掌は、夕子の胸許を求め様とする。幼気(いたいけ)な腋傍の膨らみを撫で上げ、親指と中指の腹で絞る様に乳房の尖端を抓(つま)むと、指先に痼(しこり)の様な感触が伝わって来る。