前章(四)〜惜別T〜-12
「そこで、旧硬貨を回収しようと、そう云う御触れを出したと云う噂です。」
詰まり、大した価値も無い紙幣や銅貨を流通貨幣とする事で、そのものが財産的価値を有する金貨や銀貨を庶民の手から奪おうと云う、魂胆なので有る。
「成る程。政府が、そんな事をやり出したとは。せめて、金銀の価値と同等で買い取ってやれば良いのに……。」
とは云え、此れでは此の先、何も買えない事と為り、楽しい一時が全て台無しと為り兼ねない。どうしたものかと思案顔をする伝一郎に、手代が訊いた。
「ところで、御客さん。此処らでは御見掛けしない様ですが、何処の方で?」
垢抜けた格好に金貨を所有していると有れば、只者で無いと思わせる要素は充分で有る。
「丘の上……から来ました。」
敢えて名前は伏せた。が、此の街の住人にとって“丘の上”が何を意味するかを連想するのは簡単で有る。手代と丁稚の身体に戦慄が走り、大きく目を見開いて伝一郎達を見詰めたまま、凍り付いた様に固まってしまった。
「あ、貴方様は……もしや、で、伝衛門様の御子息様ですか!?」
一瞬、伝一郎は正直に答えるべきか躊躇ったが、直ぐに思い直す事とした。
此処で騒ぎと為る方が、本来の目的を果たせると考えたからだ。
「今日は、父の作った街を詮索しようと思いまして。所が、剰りに日射しが強くて。それで彼女を連れて、此方に寄った次第です。」
そう答えた途端、手代は急に真面目な顔をした。
「それでしたら、此の傘は御持ち帰り下さいませ。伝衛門様には、日頃から一方ならぬ御愛顧を賜っております。その様な理由から御子息様から、御代を頂戴する訳には参りません。」
精一杯の誠意の心算なのだろう。が、手代の言葉に伝一郎は、強い憤りを覚えた。
「気持ちは、有り難く頂きます。しかし、僕も只で貰う訳には行きません。」
「それでは、私が店主に叱られます。」
手代は、懇願する様に訴えたが、伝一郎は、頑なに申し出を拒み続ける。
「父の威光を思っての計らいなのでしょうが、それは、此の街の発展を願う父の意志を無視する様な物で、事が露呈すれば、僕の方こそ父に叱られます。」
「う〜ん、弱りましたねえ。」
手代は腕を組んで、暫し、思案顔のまゝ目を伏せた。一挙両得の落とし所は無いものかと模索を繰り返していたが、
「おお!そうや。」
何やら思い付いたのか、かっと目を開き一声挙げたかと思うと、丁稚の一人を呼び寄せた。
「御前、此れを持って鉄火場迄、行って来ておくれ。」
「ええっ!」
手代の頼み事に、丁稚は驚きと共に不安な顔をした。すると途端に、手代の平手が頭に飛んで来た。
「大きな声を挙げるんや無いよ!御客様が、びっくりなさるだろう。」
叩かれて俯く丁稚を傍に引き寄せ、何やら耳打ちすると「頼んだよ!」と云って送り出した。
一連の、やり取りを見つめる伝一郎達に、手代は“にやり”と怪し気な笑みを浮かべ、「彼の金貨を、両替させる為に行かせたんですよ。」と、答えた。