光の風 〈聖地篇・序章〉-2
紅奈は中に繋がる扉を開け二人を中に迎え入れた。用心の為の中扉を開けた先にナルはいる。カーテンをくぐり、奥に向かった。
「ナル!カルサとリュナや、来たで。」
「お久しぶりです、ナル様。」
部屋の中程にある椅子にナルは腰掛けていた。いくつものしわを重ねた顔、優しそうな笑顔。立ち上がり、ソファに座るように促した老婆こそが、この国シードゥルサの占者ナル・ドゥイルだった。
「いらっしゃい、私の可愛い子供たち。」
古くからこの城に仕える彼女にとってはカルサは自分の子供同然だった。優しい目で二人を見つめる。
「あなた達が来るのが分かっていたから、料理長の特製お菓子を用意しておいたのよ。」
ナルはそう言ってウィンクをしてみせた。そんな相変わらずのナルに、懐かしさで思わずカルサは微笑んだ。
暖かくてお茶目で優しい、とても懐かしい心地よい空間に連れていってくれるのがナル・ドゥイルだった。
お菓子を食べ終えると紅奈は再び部屋の前に立ち、警護を続けた。中に人が居る時は外に立ち、それ以外は中で待機する。それがナルの警護の仕方だった。
「それで、何のお話なの?カルサ。」
手にしていたカップを机に置き、優しい声で問う。カルサは膝の上で指をからませて手を組み、前かがみになりながら話を始めた。
「明日、総本山に行こうと思う。」
いつもより声のトーンを落として話し始めた。歯切れが少し悪かったのをリュナとナルは気付いたのだろうか?
「何の為に?」
「現状を知るために。」
カルサの声は少し低く響いた。いつもより早口な気もする。リュナは黙って二人の話を聞いていた。
例え自分にとって分からない話でも、黙って聞く事に集中していた。
「オレの下に力が集まり始めた。黒の竜王が現れた。魔物がオレを狙いだした。オレを知る者が現れた。」
「皇子、のあなたを?」
「そうだ。」
カルサは今までの記憶を振り返る。貴未を始め、何も分からずにカルサの下に集まった人たち。亜空間から現れた黒の竜王フェスラ。そして最近での、結界を壊し魔物を招き入れた少女。
すべてがオフカルスの皇子、カルサの下に近づき始めた。
「しばらく留守にする、この国を頼めるか?」
「私にできる事は限られている…この国を見えなくする事。」
ナルはあくまで穏やかに、静かに言葉を綴る。まるで一つの音楽のようにリュナには聞こえた。
「それでいい。この国を見えなくして、奴らの目から覗けなくしてくれ。」
カルサの目は真剣だった。ナルは幼き日の彼と今を比べて、成長したことをかみしめる。その表情はどこまでも穏やかだった。