Daily routine of a poor boy-1
夏は人を簡単に蒸し焼きにしてしまう。冬は業務用の冷凍庫よりもきっと底冷えするはずだ。
乾されているのを見た事がない万年布団には死斑のような模様が付いている。かつては厚みのあっただろう綿は弾力性のかけらも残っていない。
タオルケットなんていう素敵な言葉をこの部屋で聞くことはない。毛布って言葉だって聞いたことがない。あるのは暖かさも涼しさも無縁の草臥れた掛け布団。それはもはやこの世の物ではない。吐瀉物や失禁を受け止めて馴染んでしまったそれは「汚物」以外になんと例えたら良いのだろう。
そこに、いつだって翠は膝を抱えている。
もっとも、夜の時間がかつての空虚な惨劇とは打って変わって「生産的」な「活動」に変化したために、翠は昼間の間健やかな睡眠を得ることが出来た。
「あんたさあ、最近、血色良くなあい?」
翠の母親は「花梨」。それが本名なのか源氏名なのかはわからない。
少なくとも日本人ではない。どんな手を使ってどんな物語があったのかはわからない。それでも日本国籍があって、外国人登録に無縁なんだからなにか世事を巧くやったんだろう。
「放任」というのは自由闊達な教育を差すこともあるけれど、翠の場合はそれとは熱帯のタヒチと喜望峰の沖ぐらいには違う。「放任」と「ほったらかし」はやっぱり違うのだ。
まして最低限の食事もお金も与えられた事のない翠にとって。
最近「花梨」は太ってきた。その年齢ではありがちな事であろうが、いつでも男を籠絡させる事にのみ情熱を注ぐこの女にそんな聖なる言葉は届かない。
「なんだかさあ…、ショージキ、綺麗にしてるじゃんっ……なんだろうねっ、なんだろう」
ママが「イケナイお薬」の中毒だって事は知っている。
その両腕にあるイケナイ「烙印」は、翠が小さな時から、いつでも母親の「マーク」だった。
「ママ」はとっても綺麗だ。
紅く染めた髪もその整形の鼻も酷いけど、その独特の三白眼は翠と同じもの。
悲しいくらい愛された事はないけれど、翠はいつだってママを幸せにしてあげたい。
小さな頃、道ばたでみつけた「ヒメジオン」はとても綺麗な花だと思った。だから、ママの誕生日にはそれをたくさん集めて花束にした。
「こんな雑草、どおするのよおっ」
翠が昼間の時間を何日も使って、この都会の砂漠から、どうやって集めたのか。
翠の瞳がそんな仕打ちに潤むけど、翠には小さく、儚い気持ちが昂まる。
いつか、この人を幸せにしてあげたい。
朝起きたら、「おはよう、みどり」って、微笑んで欲しい。
むすこが、おかあさんの、こうふく、を、ねがったら。だめ、ですか?
「んー、なんだか感じるのよ。あんたから「金」の匂いがするのよ。あたし馬鹿だけど、「勘」だけは神様並みなの。ま、その神様なんてインポに用はないんだけどさあっ」
ママが天井の染みだらけの板まで外したりする。
ママは、実の息子だって、容赦なく疑う。知っている。知って、いるけどさ。
翠は極端に「お金」の狩人である母親を知っている。
この部屋に隠したら、たちまち見つかるだろう。
翠は、母親やその愛人たちの失敗を、嫌っていう程に見てきた。
それは、「お金」に「名前」がつくところ。
「口座」ってものを作れば、それは晒される。
「預金」になれば。「貯蓄」になれば。
数え切れないほどの禿鷹がやってくる。
毎日、ワンコイン。プラスアルファ。
500円の快楽を提供する。それが翠の生命線。
「生きるための最適」を翠は実践する。
ああああっ。生きるための術なのに。なんでこんなに身体が熱い、のっ。
なんで、なんでっ。大っきくて逞しい男根を毎日夢に見るのだろう。
あああっ、なんで?お金は稼いでいるし、うまく、うまくっ、いっているっ。
なのに、なのにっ。
こんなに。こんなに。ああ。メチャクチャに「凌辱」されたいって、この欲望はなぜっ。
ママが気怠く呟いた。
「結局、幸せってなんなのかしら。……とおーいー、そらからっ…」
翠はその曲を知っていた。