一緒に生きよう-1
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――数か月後。
「おかえりなさい!」
玄関扉の開く音に、リュネットは台所から飛び出した。
今日のエドガルドは随分と帰宅が早い。
「ただいま」
微笑んだエドガルドに、リュネットは満面の笑みで抱きつく。
首には服従の首輪ではなく、可愛らしい黒いリボンのチョーカーが結ばれている。
最近、レンシア国の王都で流行のアクセサリーだ。
あの結ばれた翌朝から、エドガルドは計画変更に奔走をしていた。
リュネットの首輪をすぐに外すのは止め、二人で人間の街に移り住めるようにしたのだ。
ベラは変更を聞いても驚かず、むしろ以前からそうした方が良いと思っていたらしい。喜んで協力してくれ、彼女のおかげで聖地の豹人達は、リュネットが滝壺に落ちて助けようとしたエドガルドと共に死んだと思い込んでいる。
死体が上がらなくても、外れた服従の首輪があったと見せた事で疑われず、託した腕輪共々にベラが破壊してくれたそうだ。
元々、あそこの閉鎖的な豹人達は遠く離れたレンシア王都まで足を運ぶことはまずないが、これで聖地の場所を隠そうとする豹人達からつけ狙われる心配もなくなった。
そんなわけで、リュネットとエドガルドは無事に、レンシア王都で暮らしている。
エドガルドはこの十年以上も王都を離れていたせいで、密偵の仕事は多忙時の補佐くらいしか務めていなかったそうだ。
本格的に戻った途端に、腹黒国王から目いっぱいこき使われているらしい。
リュネットは王城に行く事などなく、街で陛下の絵姿を見たくらいだ。
今の王は壮年の渋い男性で、その横には隣国の弟夫妻の絵もあった。やはり壮年のマリアンヌ女王とその夫の絵だ。
彼女も今は国政に長けた穏やかな夫と仲睦まじくなり、世継ぎにも恵まれ幸せに暮らしていると聞き、なんとなくほっとした。
「今日はね、アンソン夫人に美味しいスープの作り方を教わったの!」
自分がお玉を握っていたままなのに気づき、リュネットは照れ笑いをしながら説明する。
アンソン夫妻の営む食堂は、この小さな一軒家のすぐ近くにある。とても感じの良い老夫婦だ。
彼らはリュネットを養女に迎えられなくなったのを残念がっていたが、エドガルドと暮らすのを祝福してくれた。
そしてリュネットは夫妻をしょっちゅう訪ね、食堂を手伝ったり自慢の料理を習ったりしている。
「それでいい匂いがするのか。楽しみだな」
エドガルドが目を細め、厚手のコートを脱いで壁にかける。
そろそろ冬にさしかかるレンシア王国は、聖地のある密林よりかなり寒いのだ。
そして彼はリュネットを抱き寄せ、唇を重ねた。
「せっかく今日は早く帰れたから、リュネットも思い切り食いたい」
淫靡な声で囁かれ、リュネットは赤面したものの、反対する気もなかった。
「えっと……そっちは、後のお楽しみにして」
照れながら小声で呟くと、エドガルドが口角をあげて肉食獣の笑みを浮かべる。
「いい子だ。楽しみにしていろ。たっぷり可愛がってやる」
「あ……」
加減してくれと頼むべきだったかと、リュネットは引き攣った半笑いになった。
こういう顔をされた夜は足腰立たなくされるので、翌日はアンソン夫妻の所にもいけなくなる。
まだ夫妻の他に知り合いも少なく、賑やかな街の暮らしに慣れたとは言い難い。
幼い頃は旅暮らしで、それから豹人の聖地に住んでいたリュネットは、こういう場所に住むのは初めてなのだ。時には戸惑う事もある。
でも、どこに住むのでも、エドガルドと一緒にいられるのなら幸せだ。
それに……マリアンヌ女王の年からして解ったが、エドガルドはやはり、それなりに長く生きている。
リュネットが彼の見た目と同じ、二十代半ばになるころから、ちょうど彼も歳をとりはじめるだろう。
同じように時を重ね、これからもずっと彼と生きていくのだ。
首輪などなくても、リュネットはエドガルドから離れる気はない。
彼に、身も心も囚われている。
こみ上げる嬉しさと共に、リュネットはエドガルドに笑顔でもう一度抱きついた。