エドガルドの欲しいもの-3
(っ……そんな……)
恐ろしい想像に耐え切れなくなり、リュネットは目を瞑って俯いた。
――エドガルドがリュネットへの想いを『悪い』と思ってしまうのは、その想いが純粋にリュネット自身へ向けているものではなく、結ばれなかった王女の代わりに過ぎないから……。
そんな恐ろしい想像を認めたくないけれど、そう考えればピタリと当てはまるのだ。
無言のまま青褪め震えているリュネットの向かいで、エドガルドが小さく呟いた。
「嫌なのは当然だな。今さら謝って済む事でもないが……済まなかった」
彼が息を吸うのが聞こえ、たちまち黒い艶やかな毛皮に覆われた半獣の姿となる。
「今すぐ首輪を外すから、じっとしていろ」
彼が片手で鋭い爪を出し、腕輪をはめている方の手に近づけるのを、リュネットは呆然と眺めていた――が。
「止めて!」
無意識のうちに叫び、エドガルドの腕に飛びついていた。
黒いビロードみたいな毛並みのこの腕に、何度も抱きしめて貰ったのを思い出し、胸が苦しくなる。
「おい! 危な……っ!」
慌ててエドガルドが爪を引っ込め、人間の姿に戻った。
「急に、どうしたんだ? 傷をつけると言っても、大したケガでは……」
戸惑った顔でこちらを見つめるエドガルドを、真っ直ぐに見つめ返した。
「身代わりでも構わない」
「リュネット……?」
滲んで来た涙で、エドガルドの顔がゆらゆらと歪む。
本当は、リュネット自身を愛して欲しい。
自分を通してマリアンヌ王女を見ていたのかと思うと、嫉妬が沸き上がって堪らない。
それなのに、このまま素直にエドガルドと離れるのはもっと嫌だと思ってしまうのだ。
「エドが……私を、王女様の身代わりに見ていても良い。だからお願い。傍にいさせて…………抱いて」
勇気を振り絞って告げた次の瞬間。視界が反転した。
気づけばリュネットは両肩を掴んだエドガルドに、寝台へ仰向けに押し倒されていた。
「王女の身代わり!? お前は何を言っているんだ!」
初めて見るくらい、激怒した表情のエドガルドに間近で怒鳴られ、リュネットは目を白黒させる。
「だ、だって、私は普段から、エドが好きだと言ってるじゃない。それなのに、抱きたいと思うのは、私に悪いと言われるなんて……そういう事かと……」
しどろもどろに説明すると、エドガルドが目を見開いた。
「違う……」
彼は、引き攣った呻き声を漏らした。
「リュネットはいつも、小さい頃と同じように気楽に抱きついて好きだというから、未だに俺を保護者にしか見ていないのかと思っていたんだ。だから……そんな相手が、自分を女に見ていたら、お前は気持ち悪いだろうという意味だ」
「ええっ!?」
自分としては目いっぱいドキドキしていたのだが、エドガルドには通じていなかったのか。
リュネットは愕然とする。
「……そういうのは駄目だったなんて知らなかった。これからはエドに好きって言わないし、くっつくのも我慢する」
残念に思いつつ呟くと、なぜか途端にエドガルドが狼狽えた表情になり、動揺も露わに視線を彷徨わせる。
「い、今さら止めなくても良い。っ……それよりも、身代わりなんて、なぜそんな突拍子もない考えになったんだ?」
眉を潜めて尋ねられ、リュネットは渋々と答えた。
「それは……首輪を大事に持っていたのは、王女様が好きだったからなのかと……劇で、王女様がエドを好きだったと思うと言ったら、動揺していたし……」
すると、エドガルドが苦い表情で首を横に振った。
「首輪を捨てなかったのは、人間が俺を苦しめたのも確かだが、開放してくれたのも同じ人間だったと忘れないようにする為だ。それに、劇のは……あの件では散々苦労したから思い出したくもないだけだ」
きっぱりと断言され、パチパチとリュネットは瞬きした。恐る恐る小声で呟く。
「それから、私は髪も目の色も、王女様と同じだから……」
「はぁ!? お前と同じ髪と目の色の女など、世の中には王女の他にも大勢いる! その誰か一人とでも重ねられるか! 俺のリュネットは、お前しかいない!」
よほど腹に据えかねたのか声を荒げられ、リュネットの目から新しい涙が溢れてくる。
怖かったり悲しいのではなく、嬉しすぎて泣けてしまう。
「ぅ……変な勘違いをして、ごめんなさい。本当は、身がわりなんて嫌だったけど……それでエドと一緒にいられるならと思って……」
しゃくりあげる合間に訴えると、エドガルドがしかめ面を和らげた。寝台に片肘をついた彼が、リュネットの頬へそっと手を添える。
「リュネットがここへ迷い込んだ時……俺は、そろそろこの地を去ろうと思っていた。同族の集う地なら安らかに暮らせるかと思い、ベラの勧めもあってしばらく住んでいたんだが、どうも馴染めなくてな。たとえ同じ豹人でも、ここの連中にとって違う場所で生まれた俺は、所詮は余所者だ。仲間など俺にはいないし、必要ないと開き直ろうとした」
昔を思い出したのか、彼は少し遠い目をした。
「だから、リュネットの怪我が治ったら、俺も一緒に死んだと見せかけてレンシア国へ連れていけば、ちょうど良いと考えた。お前は賢い子どもだったから、どこか引き取り手を探してやり、聖地に関しては口止めすれば問題はないと思っていた」