王女様の好きな相手-3
「エド……」
離れていくぬくもりが寂しくて、自分でも意識しないまま、咄嗟に彼の手を掴んでいた。
「どうした? 例の話なら、明日の朝に必ずする」
いぶかしげなエドガルドを見上げ、リュネットは上体を起こす。
自分の首から死ぬまでとれない輪にもう片手で触れた。
「そうじゃなくて……私がずっと、エドに上手く言い出せなかった話があるの」
「何だ?」
あの時、この首輪をつけるくらいの事をしなければ、興奮しきった豹人達がリュネットを許さなかったのは明らかだ。
でも、彼は助けてくれたというのに、リュネットに外れない首輪をつけたのを気に病んでいるようだ。彼が時おりこれを見て辛そうな顔をするのが、リュネットにとって今では首輪の存在以上に悲しい。
『助けてくれた手段だったから気にしない』と言うだけじゃなくて、もっと正確に伝えたかったのに、自分の気持ちをどう表現すれば良いのかよく解らずにモヤモヤしていた。
「聞いて、エド。私は首輪をつけた時、いつかきっと外す方法を見つけて逃げようと思っていた。これが死ぬまで外せないのは聞いていたけど諦める気はなかった。でも……」
酔いのせいか、驚くほどにすんなりと言葉が出て、大胆に本音が溢れ出る。
「今はもう、外れなくても良いと思ってる。外すのを諦めたのとは違うよ。これは、私がエドを大好きになって、すごく幸せだからなの」
「リュネット……」
エドガルドが低く呻き、リュネットの喉へ指先をそっと触れる。
そして次の瞬間、彼は唐突に険しい表情になって手をひいた。
警戒するように窓の外を見てから板戸を閉めると、エドガルドはリュネットから微妙に距離をとって、寝台の端に腰を下ろす。
「俺には、そんな事を言ってもらう資格はない。本当は、お前の怪我が治ったらすぐにその首輪を外して、人間の街で良さそうな家庭に預けるつもりだったんだ。それなのに、お前が何も知らないのを良い事に、ずっと黙ってここへ縛り付けていた」
「え……?」
信じがたい言葉に、リュネットは瞠目した。酔って聞き間違えたのだろうか。
「こうなったら、今すぐに話した方が良いな」
困惑していると、彼が固い声で言った。
「ここから遠く離れた街に、食堂を営む人間の老夫婦がいる。アンソン夫妻という、俺の古い知り合いで信頼できる相手だ。先週にそこへ行って、お前が彼らの家で暮らせるように頼んできた」
「……?」
エドガルドの言っている言葉は、しっかりと聞こえているのに理解しがたく、リュネットは目と口を大きく開いたまま、無言で狼狽える。ふわふわした気分が一気に引いていく。
「夫妻は子どもがなく、お前の話を聞いて、前々からぜひ養女に迎えたいと言っていた。そこに行くにはベラも協力してくれるから、首輪を外したらすぐに荷物をまとめろ。追っ手の心配は不要だ。外した首輪を見せれば、ここの者達はお前が死んだと……」
「ちょ、ちょっと待って! 最初から、外す気だった!? なっ、なんで、そんなにあっさり!? もしかして、これって偽物とかなの!?」
畳みかけるように言われ、完全に混乱してきたリュネットは、悲鳴まじりに遮った。
するとエドガルドが、対の腕輪が光る自分の手首を掲げ見せた。
「それは本物だが、外す方法は一つだけあるんだ。対の腕輪をつけた手が、自分で流した血と共に首輪へ触れ、外れろと言うだけで良い。……それだけだ」
「それだけって……」
何と言ったら良いか解らず、呆然とリュネットは呻く。
確かに、腕輪の持ち主の意思一つでできる簡単なように思えるけれど……相手を絶対服従させる力を自ら放棄する腕輪の持ち主が、どれだけいるだろう?
「たったそれだけだ。俺の気持ち一つで、いつでもお前を自由に出来たんだ」
苦しそうに言うエドガルドを、リュネットは口をハクハクさせて眺ていたが、不意に変な部分が気になった。
「……エドは、これを誰かから奪ったって言っていたけど、その時に外し方を聞いたの?」
すると途端に、彼が眉間に寄せた皺が深くなった。
「奪ったと言うのは、嘘だ」
深い溜め息をつき、エドガルドはリュネットの首輪を示す。
「その首輪は、かつて俺がつけていたものだ。腕輪をつけていたマリアンヌ王女が、実際にその方法で外したから、間違いない」
「マリアンヌ王女……?」
どこかで聞いたような名前を呆然と呟くと、エドガルドが顔を顰めた。
「さっき、お前が劇の話をし始めた時に、とんだ偶然だと思った。実在モデルのいる劇でトラブルを避ける用心だな。主要人物の名前を全て一文字ずつ変えている」
「まさか……」
ゴクリと唾を呑み、ありえないと思いつつもリュネットは恐る恐る彼の言葉を待つ。
「王女は、本当は『マリエンヌ』ではなく『マリアンヌ』で、護衛は……エドガルド。俺は昔、ある王家に囚われていた」
そして彼は、強張った声で自分の過去を話し始めた。