王女様の好きな相手-2
「エド……私ね、ここに来る前に一度だけ、王女様になった事があるんだ」
「王女?」
「うん。劇の役でだけど。悪者に攫われた王女様を、婚約者の王子様が助けに来るお話なの。私は王女様だからドレスを着て、白い布をこんな風に、ヴェールの代わりに被ったなぁ」
リュネットは美しいショールを頭にかぶり、懐かしい思い出に目を細めた。
「どこか遠い国の本当にいる王女様の話だって、父さんが言ってた。その王女様はマリエンヌって名前だけど、髪と目の色は私と同じだったらしいから、ちょっと嬉しかった」
今まで、この劇の事だけはなぜかすっぽりと記憶から抜け落ちていた。
盗賊に襲われたのは、この劇の評判を聞いた街から招待を受け、そこに移動する途中だったから、無意識に忌まわしい思い出の一部にして封じ込めていたのかもしれない。
「それでね、お客さん達から一番人気だったのは、意外にも主役の王子様じゃなくて、一緒に助けにいった王女様の護衛なんだ。黒い毛並みの『エドワルド』って豹人だったの」
「マリエンヌと……エドワルド?」
エドガルドが目を見開き、微かに上擦った声で聴き返した。
「エドと同じ黒い毛並みの豹人だし、名前まで似てるでしょ?」
彼もその偶然に驚いたのかと思い、リュネットはにっこり笑う。
俊敏な黒豹護衛の役を務めたのは、軽業師の母だった。
男装をして黒豹の尻尾をつけた母が華麗に敵を打ち負かし、王女役の幼いリュネットを抱きかかえて高い台から宙返りをして降りると、見物客は拍手喝采したものだ。
「王女様は、最後に許嫁の王子と結婚して幸せになるんだけど……今になって考えると、王女様は本当のところ、エドワルドの方を好きだったんじゃないかと思うの」
子どもだった頃は、王女は結婚した王子と愛し合っているのだと素直に思っていた。でも、王女のセリフまで思い出したから、今は違って思う。
「だって王女様は捕まった時に、『わたくしの忠実なエドワルドが必ず助けに来ますからね』って言うの。愛しているはずの王子様じゃなくて……」
そこまで言いかけた時、唐突にエドガルドが横抱きにリュネットをソファーから抱き上げた。
「っ……もう解ったから、少し寝ろ。お前はまだ酔っぱらっているみたいだ」
「う、うん……」
強引に話を中断させた彼の声は、やけに動揺していたように聞こえた。自分と似た豹人の恋物語なんて照れてしまったのだろうか?
リュネットは頭からずり落ちたショールを掴み、寝室に運ばれながら、そんな事をぼんやりと考えた。
ソファーへも抱いて運ばれたのに、今は中途半端に理性が戻っているせいか、エドガルドに横抱きにされているのを妙に意識してしまい、酒で火照った頬がより熱くなる。
でも、エドガルドは特にそんな事に気づかないようで、リュネットを寝台へ丁寧に降ろした。