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黒豹に囚われた少女
【ファンタジー 官能小説】

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リュネットは忘れない-2



 ――リュネットは、旅芸人一座の中で生まれた。
 座長の父が率いる、十人ちょっとの小さな一座だ。人間も魔族もいて、種族も血縁も関係なく一つの家族となって仲良く旅暮らしをしていた。

 一座は個別で芸を披露するのではなく、簡易舞台を作って、皆の芸が映えるように童話や有名な逸話をアレンジした劇をやった。
 どこの街でもそれなりに人気を得て、暮らしに困った覚えはない。街にいる時は綺麗な宿に泊まれたし、貴族のお館に呼ばれた事もある。

 旅暮らしのリュネットは学校に通えず、また、一座の中で唯一の子どもだったから、同じ年頃の友人も出来なかった。
 それを両親は不憫と思っていたようだが、リュネットは自分が不幸だなんて欠片も思わなかった。
 一座の皆がリュネットを我が子のように可愛がり、必要な事は全部教えてくれたからだ。


 父からは読み書きとナイフ投げを、軽業師の母には料理と身のこなしを習った。

 物知りの老人占い師は数学や歴史を教えてくれ、陽気な鳥人《ハーピー》は腹話術の先生になってくれた。衣装係の蜘蛛女《アラクネ》と一緒に裁縫をした。

 お客様への丁寧な言葉遣いに、困った客のあしらい方。動植物の事や、星で位置を知る方法……学校に行かずとも、大好きな家族達が何でも教えてくれた。
 リュネットはまだ小さかったけれど、出来る事は何でも熱心に手伝い、劇にも参加できるのが誇らしかった。
 この幸せな暮らしが、ずっと続くと信じていた。

 全てが崩れたのは、リュネットが八歳になってすぐの、ある日だった。
 次の街に向かう途中の山奥で、一座は盗賊に襲われたのだ。
 あの日の詳しい事は、あまりの恐怖によく覚えていない。
 朝が早かったので、リュネットは幌馬車の中で昼寝をしていたのだ。
 凄まじい破裂音と「盗賊だ!」という悲鳴で飛び起きた後、幌が見る見るうちに血飛沫で真っ赤に染まっていく所を、やけにくっきり覚えている。
 その場所が崖淵で、下には大きな川が激しい音を立てて流れていた事も。
 そして、大怪我を負った父と母が必死の形相で、硬直しているリュネットを抱え上げ、樽の中に押し込んだ。

『リュネット! お前は、生き延びてくれ!』

『どうか、幸せになって……!!』

 両親が叫び、樽の蓋を閉めかけた時、何者の剣が唸った。
 父母が次々に首から鮮血を噴き上げるのを、リュネットは大きく口を開けたまま声も出せず凝視していた。
 僅かな蓋の隙間から見えたのは、両親の無残な最期と、それをやった剣を持つ日焼けした手の甲に黒い髑髏の刺青があったことだけ。

 すぐに自分も樽から引きずりだされ、殺されると覚悟したが、その予想は外れた。
 一座の誰かが、父母の遺志を遂げようとしてくれたのかもしれない。
 誰かの手で蓋が閉められ、リュネットは自分の入っている樽が転がり落ちていくのを感じた。

 傍らの崖から川へ落とされたのだろう。散々に樽の中で身体をぶつけ、大きな水音を聞いたのを最後に、リュネットは気を失った。


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