14.エピローグ-2
「その時Mには婚約者Hがいた。あ、これが英明お父さんね」
「わかってるよ。わざわざイニシャル使わなくてもいいだろ。本名で語れよ」
「そして結婚式の夜、MとSは偶然再会し、なんと、想いが燃え上がった二人は、衝動的にラブホに飛び込み、なだれ込むように抱き合い、唇を求め合い、その熱く火照った肌を重ね合い、一つに繋がってお互いの身体を貪り合った」
「おまえ、語り口がエロ過ぎだ」
健太郎は顔を赤くしていた。
「その繋がって貪り合った結果があたし」
真琴は自分の鼻を人差し指でつついた。
「その夜にできたってこと? なんでわかるの?」
「だって、あたしがMのお腹に宿った時期から逆算するとそうなるんだって」
健太郎はいらいらしたように言った。「だからMじゃなくて『美穂』でいいよ、頭の中でいちいち変換するのが煩わしいよ」
「わかったよ、もう」ちっと舌打ちをして真琴は続けた。「美穂と誠也が愛し合ったのはその時が初めてで、次に再会して貪り合ったのは五年後。その時あたしは幼児。幼稚園に行ってた。だから初めてのエッチであたしができちゃったってことで間違いないでしょ?」
「でもどうして英明おじさんじゃなくて誠也さんの子だってわかるの?」
真琴は背筋を伸ばし、右手の人差し指を立てて静かに言った。
「英明は『無精子症』なのだった」
「ほ、ほんとに?」真雪は思わず口を押さえた。
真琴は少ししんみりとしたように続けた。「そのことが解ったのはあたしが中学生だった頃なんだって。お母さんに黙って診察を受けてわかったらしい」
「どうして美穂おばちゃんに黙って診察を?」
「元々セックスに対して超淡泊で、性的な快感も持てなかったお父さんは、お母さんの身体を満足させられないことを悩んでて、何とかしようと一人で思い詰めてたって言ってた」
「なるほど」
「でもさ、その時あたしっていうもう中学生の娘がいるのに、あなたに精子を作る能力はありません、なんて言われたわけでしょ? お父さんのショックは大きかったよね、きっと」
「想像に余りあるな……」健太郎が険しい顔で言った。
「マコちゃんは自分の子じゃなかった、ってことだもんね……」
「でもね、お母さんはお父さんをずっと変わらず大切にしてたし、優しくしてたし、あたしに対してもすっごくいい母親だったから、お父さんもそのことをだんだん考えないようになっていったんだって。大人だよね」
「そうは言っても」真雪が切なそうな顔をした。「でもやっぱりずっと気に掛かってたんだと思うな」
「あたしもそう思う。で、そんなある日、お父さんは誠也にいちゃんとお母さんが車でラブホから出て来るのを偶然目撃! ちゃらりー!!」
「効果音なしで頼むよ」健太郎が言った。
「そしてお父さんは自棄になって、あろうことか職場の若い女先生との不倫に走った」
「ええっ? ほんとに?」
「って、そんなことばらしていいのかよ、俺たちに」
「信頼できるお二人だから話すんです」真琴は上目遣いで二人を見ながら馬鹿丁寧な口調で言った。
「でもやっぱりだめだった」
真琴はふうとため息をついた。
「だめって?」
「お父さん、性的に不能だから、その相手の同僚の人も満足させることができずに破局。もう自己嫌悪に陥ったって。無理もないよね」
「追い詰められてたのね、英明おじさん……」真雪はさらに切なそうな顔をした。
「でもね、それから思いが変わっていったって言ってた、お父さん。誠也にいちゃんとお母さんがそういう関係であることを赦そうと思ったんだって。お母さんをセックスで気持ち良くしてあげられない自分の代わりを誠也にいちゃんに頼んだ、ってことね」
「そうか……」
「その上であたしが二人の娘だってことがはっきりすると、その後もお母さんの身体を満足させることを誠也にいちゃんに任せて夫婦関係を続けよう、って約束し合った」
「そういうことかー」
健太郎は手をこまぬいて何度もうなずいた。