13.デザートは甘いリンゴで-1
「すごくドラマチックな展開じゃない! 何かの映画みたい」マユミが昂奮したように言った。「でも英明さん、人並み外れた人格者だねえ」
マユミはテーブルに置かれた写真を手に取った。美穂の右に立つ誠也は彼女と手を繋ぎ、左に立つ英明は彼女の肩を抱いている。
美穂はテーブルのコーヒーカップを手に取り、恥ずかしげに言った。
「そうは言ってもねえ……まだなんか申し訳ないよ」
「英明さんは精神的な支え、誠也君は熱いパートナー。贅沢で素敵な境遇じゃない。あんたは二人の男性から愛されてるわけでしょ?」
「そうだけど……」
「真琴ちゃんも二人の父親に可愛がられているわけだしね」
マユミは写真を美穂に返した。それをバッグに大切そうにしまいながら美穂は言った。
「あの子はまだ中学生だから、今はこのこと到底話せないけど、いずれは事実を伝えなきゃって思ってる」
「タイミングは難しいね」
「せめてあの子が大人になってからだよね」
マユミはコーヒーを一口飲んだ。
「でも真琴ちゃん、誠也君に相当なついてるみたいじゃない」
そうなのよ、と困ったように美穂は眉尻を下げた。「あの子ね、誠也のことが大好きで『誠也にいちゃん』って呼んで慕ってるんだけどさ、将来は結婚して一緒に暮らしたいな、なんて言ってるんだよ」
「で、そんな時あんたは何て言い返すの?」
「二回り近くも歳が違う人と結婚なんかできないでしょ、って」美穂はテーブルに乗り出して低い声で続けた。「そしたら『歳なんて関係ないよ、それにいとこ同士なんだから問題ないでしょ?』って言い返してくる」
「そうか、真琴ちゃんは誠也君をいとこだと思い込んでるか。まあ戸籍上はその通りだもんね」
「ばらしちゃおうかな、もう」
「まだ我慢しときなって」マユミは上目遣いで美穂を見た。
「でも誠也のことが好きだなんていい趣味してるよね。あたしに似て」
「はいはい、ごちそうさま」
「それに、もしそんなことになったら、あたし誠也にお義母さんて呼ばれるんだよ? 『叔母さん』って呼ばれるのも許せないけど、そんな呼び方をされるのは耐えられない」
二人は笑った。
マユミも身を乗り出し、小声で言った。
「誠也君の方はそんな真琴ちゃんに手を出したりしてないのかな、家庭教師やってる時、ふらふらと……」
「どうかな。それはそれでいいかも」
「なにそれ、余裕じゃん」
マユミは美穂を指さして軽く睨んだ。
美穂は笑いながらカップに残っていたコーヒーを飲み干した。
◆
その夜、美穂は家庭教師が終わって二階から降りてきた誠也をリビングのソファに座らせた。
「リンゴ、剥こうか?」美穂が言った。
「夕食で食べただろ? それについさっき勉強の休憩の時にも持って行ってたじゃないか。上に」
センターテーブルを挟んでソファでくつろいでいた英明が、そう言ってリモコンを手に取り、見ていたテレビの電源を落とした。
「食べる。美穂さん、剥いてよ」
「ほんとに好きだな、おまえ。もはやリンゴ依存症」英明は呆れたように笑って、テーブルの湯飲みを手に取った。「それにしても、いつまで『美穂さん』って呼んでるんだ? 普段通り『美穂』って呼べばいいじゃないか」
英明は湯飲みの茶を飲み干してテーブルに戻すと、身を乗り出して誠也の顔を見た。
「いやいや叔父さん、普段通りって、さすがにこの家の中で彼女を呼び捨てにはできませんよ。真琴ちゃんに何て思われるか。って言うか、」誠也の声が小さくなった。「俺、二人きりの時でも、ちゃんと美穂さんって呼んでるんだから」
「そうだった? 誠也」
キッチンでリンゴを剥きながら美穂が笑いをこらえながら言った。
「そ、そうだよ……」
英明がにやりと笑って横目で誠也を見ながら言った。
「盛り上がってきても『美穂さん』って冷静に呼ぶのか?」
誠也は一気に赤面した。「そ、それは……」
英明は大笑いした。