13.デザートは甘いリンゴで-2
「ところで、君たちはいつもホテルを利用してるのか?」
「ちょ、叔父さん、いきなり何てこと……」誠也はますます焦って顔を引きつらせた。
「一人暮らしの誠也の部屋で愛し合えばいいじゃないか。ホテル代もばかにならないだろう?」
「そ、それは……」
口をつぐんだ誠也の代わりに美穂が言った。
「誠也の部屋は隣との壁が薄くて、いろんな音が聞こえるの」
「なるほど。じゃあ君たちの行為中のいろんな音や声がダダ漏れするってわけなんだね?」
英明はおもしろそうに続けた。「そうかそうか。そんなに激しいのか? いつも」
美穂が顔を赤くしてリンゴを皿に盛りながら言った。「つ、つい大声で叫んじゃうの、誠也の名前を」
あははは、と笑って、英明はますます目を輝かせて誠也を見た。
「誠也も?」
「う、うん……俺も思わず叫んでる。『美穂ー』って。もう! 叔父さんやめてよ、何てこと言わせるんだよ」
美穂が赤面したままリンゴの載った皿を持って来ると、英明は君も座って、と誠也の横のソファに促した。
「二人とも、聞いてくれ」英明は前に座った二人に笑顔を向けた。
すぐ隣に座った美穂の体温を感じた誠也は、額にかいた汗を拭って一つ咳払いをすると腰をもぞもぞさせた。
「僕の考えたプラン。たぶん君たちも反対する気持ちにはならないと思うが、」
「何それ、持って回ったような言い方」美穂が呆れたように言った。
英明は言った。
「僕はもう裏庭の草取りをするのに疲れてしまった」
「え?」誠也は小首を傾げた。
「この家を建てる時は、絶対庭付きがいいと思って無駄に広い庭を残したけど、もう思い残すことはない。庭いじりは十分堪能した」
「いったい何を言ってるの? 英明さん」
英明はにっこり笑って身を乗り出した。
「部屋を一つ増築するつもりなんだ」
「え? 部屋を?」
「そう」
「書斎か何かが欲しいわけ?」
「いや、誠也が住むための部屋だ」
「え?」
誠也は、今英明が言ったことの意味が一瞬分からず、きょとんとした顔で英明を見た。
英明は嬉々として言った。
「誠也、おまえ、うちに引っ越せ。僕たちと一緒に暮らせ」
誠也と美穂は、その言葉を聞いた途端、同時に笑顔を弾けさせた。
「い、いいの? 叔父さん、俺がこの家に住んで、いいの?」
「僕も美穂も、それに真琴も反対するわけがないじゃないか」
「や、やったー!」
誠也はその場でソファから飛び上がった。
「北側だからちょっと日当たりは悪いが、クローゼット付きで八畳ぐらいの広さの洋間でいいか?」
誠也は恐縮したように言った。
「ぜ、贅沢だよ、四畳半ぐらいで十分だよ」
「僕に残ったエリアの草むしりをしろと?」英明は誠也を横目で睨んだ。そしてすぐににやにや笑いながら言った。「部屋は外に音が漏れないように防音処理をしなきゃいけないな……」
「防音処理? なんでそんなことまで?」美穂が訊いた。
英明はいたずらっぽくウィンクをした。
「君たちが気兼ねなく愛し合えるようにだよ。君たちの声が真琴に聞かれでもしたらどうするんだ」
「そ……」誠也は一度絶句した後、また顔を赤くして眉尻を下げた。「お気遣い感謝します……」
美穂も誠也の横で同じように再び赤面していた。
「親父にはもう話をしてるんだ。そろそろ設計図ができる頃だな」
英明は上機嫌で空になった湯飲みを持ち上げた。「お代わりをもらえる? 美穂」
「親父もすごく乗り気でいるんだ。もう歳だから現場で働くのは無理だけど、毎日監督しに来るって言ってたよ」
「そ、そうなの?」
美穂は英明の湯飲みに茶を注ぎ足した。
「そりゃあそうだろ。孫の住む部屋だ。思い入れが違うよ」
美穂は焦ったように言った。
「ま、まさか誠也君とあたしの関係をお義父さんに話したりしてないでしょうね?」
「言わないよ。ご心配なく」
英明は笑ってうまそうに茶をすすった。
結局英明のプランをことごとく飲まされ、誠也はひどく申し訳なさそうに、しかし幸せそうな表情で立ち上がった。
「じゃあ俺、帰るね」
「美穂、送っていきなよ」英明がにやりと笑って言った。「ホテル代出そうか?」
「も、もう英明さんったら……」赤面したまま美穂も立ち上がった。
英明はリモコンでテレビをつけた。そして湯飲みの茶をすすりながら右手をひらひらさせて美穂が誠也と一緒に玄関に向かうのを見送った。
「荷物をうちに少しずつ運んで、ある程度片付いたら引っ越して来いよ。誠也。とりあえず客間をおまえの部屋にしとくから」
「ありがとう、叔父さん。何から何まで」
「ゆっくり楽しんでおいで」
そして英明は親指を立てて二人に向かってウィンクをした。