12.思いがけない事実-1
「美穂、君に頼みがある」
英明は一つため息をついて、居住まいを正した。
「どうか、僕とこのまま結婚生活を続けて欲しい」
「も、もちろんです。あたしはあなたの妻だから……」
美穂はそう言いながら誠也をちらりと見た。誠也は黙ってうつむいたままだ。
「ただ、それには条件があるんだ」
美穂は覚悟を決め、膝に置いた拳に力を込めた。これでもう自分と誠也との関係は絶たれてしまう。だがそれは仕方のないことだ。元々許されない関係だったのだ。たとえお互いがどんなに強く求め合っていたとしても、自分が英明の妻である以上、その思いに流されるわけにはいかなかったのだ。
美穂は観念したように言った。
「はい……もうどんなことでもあたし、受け入れます……英明さん」
「性的に不能な僕との夫婦生活をこれからも君にお願いする以上、」英明はそこで言葉を切り、美穂と誠也の顔を交互に見て静かに言った。
「誠也との関係もこのまま続けて欲しい」
美穂と誠也は同時に顔を上げた。そして息を飲み目を見開いた。
「誠也とはこれからも自由に愛し合ってもらいたいんだ。その上で僕との生活も続けて欲しい。今まで通り」
「ど、どういうこと? そんなことって……」美穂は焦ったように言った。「あ、あなたはそれでいいの? 大丈夫なの?」
英明は微笑みながら言った。「君はどうなんだい? やっぱりこうなったら僕と別れて誠也と一緒になりたい?」
美穂は首を横に振った。
「あたし……すごくわがままなことを言うようだけど……」
英明はうなずいた。
「あたしの中では英明さんは人生を一緒に歩いて行く大切なパートナー。それは結婚前から今も変わってないの。でも、さっきあなたが言ってくれたように、一つだけ、夫としてのあなたに期待できないことがあった。それはこの身体を慰めてくれること。でも、あたしがそれをあなたに求めることで、あなた自身も苦しめてたんだと思う」
英明は目をしばたたかせ、美穂を見つめた。
「こんな不甲斐ない僕なんかの妻でいてくれるのは君しかいない……。きっと他の女性と結婚したとしても、愛想を尽かされ、早々に別れさせられていただろう。あの同僚と同じように……ほんとに済まない、美穂」英明はうつむいた。「僕はもう君なしの生活は考えられない。こんな僕でも君の夫でいさせてくれるだろうか、これからも……君の気持ちを確かめたい」
英明は顔を上げた。
「あたしには英明さんと誠也君を比較することなんてできない。あたし、あなたも誠也君も好き。同時に好きなの。もうどちらも手放すことなんかできない」美穂の声は震えていた。
「美穂……」
「あたし、あなたにも誠也君にも愛されたいし、二人とも愛したい……」美穂の目から涙がこぼれた。「あたしって……ふしだらな女……だよね」
「いいや、」英明はテーブルの美穂の手をそっと両手で包み込んだ。「夫として妻にしてあげなければならないことを僕と誠也とでシェアしているってことだよ。君は二人の男を好きなんじゃなくて、一人分の二人を愛しているってことなんだ。それでいいよ。まさにそれが僕の願いでもあった」
「お、叔父さん、」ずっと黙っていた誠也が弱々しく口を開いた。「叔父さんはそれでいいんですか?」
英明は肩をすくめた。
「いいも何も、おまえが僕の代わりに美穂を抱いて気持ちよくしてくれるのは、僕にとっても有り難いことだよ。僕には永久にできないことだからね」そしてふっと笑って続けた。「おまえも美穂のことが好きなんだろう?」
誠也の表情が和らぎ、同時にその目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「はい。好きです」
英明はその時、子供の頃から知っているこの甥が涙をこぼすのを初めて目にした。
「もう一つ。今度は誠也にたってのお願いがあるんだ」
「は、はい」誠也は思わず目を拭って、叔父の顔を見た。
「娘の真琴をずっと可愛がってやってくれないか」
誠也は意表を突かれて数回瞬きをした。
「も、もちろんです。いとこだし、これからもずっと」
英明は満足そうに小さくうなずいた。そして美穂に目を向け直した。