12.思いがけない事実-2
「僕は結婚前は恋人であり、結婚してからは妻である美穂の身体を満足させる務めを果たせない自分をずっと情けなく、もどかしく思っていた。それでも真琴が生まれて、僕はすっかり安心した。自分にもちゃんと君の配偶者としての役割が果たせたと思った。僕にとって唯一の性的な成功体験だったと言ってもいい。ただ、やっぱりその後もセックスには気が乗らない。射精するのも辛くて苦しい。でも妻の美穂はそれを望んでいる。このままじゃだめだと思った僕は泌尿器科を受診したんだ。君には内緒で」
美穂は英明の目をひどく切なそうな顔で見つめ返した。
「そ、そうだったの……」
「病院に行ったのは今の学校に教頭として勤め始めてすぐの頃だった」
英明は一度うつむいて言葉を切った後、ゆっくりと顔を上げて静かに言った。
「診察でわかった事実は僕が『無精子症』だということ」
「えっ?!」美穂は鋭く顔を上げた。
「僕の精液の中には精子がただの一個も含まれてない。精巣の機能が失われているらしい。性欲が薄いのはそのせいではなく『非性愛』というパーソナリティ的な特性の問題だと医者は言っていたが、多少は影響しているんだろうね」
「じゃ、じゃあ真琴は?」
「真琴は僕の子じゃない。僕はあの子が生まれて、そんなこと疑いもしなかった。僕と目元がよく似ているって誰からも言われたし、幼い頃からあの子とは馬が合う感じだったし、それが親子ってもんなんだろうな、と疑いもしなかった。でもその真琴がまさか他人の子だったとは……」
美穂と誠也は同時に思い当たった。結婚式の二次会の後のあの夜! 二人は申し訳なさそうに顔を見合わせた。
「じゃあ、真琴はいったい誰の子なんだ? 僕はそれから疑心暗鬼と闘ってきたが、美穂は妻として僕との生活を普通に送り、僕を大切にしてくれていたから、いつしかその不安も小さくなっていった」英明は一息ついて続けた。「それに真琴も僕のことを父親だと疑わず、慕ってくれていることで随分気持ちは安らいだ」
英明は湯飲みの茶を飲み干した。
「でも僕は君と誠也とがお互い惹かれ合い身体を重ね合う関係であることを知った。その時僕は願った。真琴が誠也との子であることを。たとえ真琴が行きずりのオトコとの一夜限りの過ちでできた子であったとしても、僕は君を責めることはできない。でも、できることならあの子が真剣に愛し合っている君たち二人の間に生まれた子であって欲しい。そう願っていた」
英明はぐっという音を立てて唾を飲み、懇願するような目を美穂に向けた。
美穂は英明の目を見つめたまま小さな声で言った。
「間違いありません……」
英明はふうっと何かに解放されたように長いため息をついた。
「思い当たることがあるんだね?」
「確かに……」美穂は放心したように口を開いた。「真琴がお腹に宿るきっかけになった時期に抱かれたのはあなたと誠也君だけ。だから真琴があなたの子でなければ誠也君の子供であることは間違いない。でも、今まであの子がこの人の子供だなんて考えもしなかった……」
美穂はまた涙ぐみうつむいた。
「良かった……。あの子が僕に似ている理由もこれで解決。どうにか血は繋がっているわけだからね」英明はうなずいた。「美穂、君が娘の名前を『真琴』にしたのには何か理由が?」
美穂は観念したように口を開いた。
「今思えば、ほんとに考えもしなかった巡り合わせ。真琴が生まれた時はもちろんあなたとの子供だと信じて疑いもしなかったけど、あたしが誠也君と愛し合った事実と言うか、証拠をどこかに残しておきたかったんだと思う。あの後、誠也君とはもう二度と会わないって約束してたし……ごめんなさい」
「誠也の『誠』の字をそのままあの子に名付けたのか。今思えばなかなかいい考えだったね」
英明はにっこり笑った。
「ま、真琴ちゃんが俺の子……」
美穂の横に座った誠也は背を丸め、放心した様子でうなだれていた。
「おまえもびっくりしただろう? 誠也」
「お、叔父さん、俺、どうしたらいい?」
おろおろしながら当惑した目で英明に顔を向けた誠也に笑顔を返して、英明は言った。
「どうするもこうするも、運命の巡り合わせだったんだよ、誠也。そのままでは子供を持つことが永遠にできなかった僕たち夫婦を、結果的におまえが救ってくれたってわけだからね。美穂の身体を受け止め、僕たちに真琴という宝物を授けてくれたんだから。僕にとっても真琴は可愛い。誰よりも愛している。血が繋がっていることも幸いだ。そうだろ?」
誠也は目を潤ませ唇を噛んだ。
「だから美穂と真琴を大切にしてやってくれないか。いつまでももう一人の夫、そして血を分けた父親として」