10.発覚-2
もやもやした気持ちで自宅近くまで車を走らせた英明は、自宅の玄関からは見えない路上に車を駐め、隣の家の塀に隠れて様子を窺った。
間もなくさきの軽自動車がやって来て玄関前で停まると、後部座席に座っていた美穂がドアを開け、人目を気にするようにあたりを見回しながら運転席から顔を出した誠也に何か話しかけてその手を握り、最後ににっこりと笑いかけて玄関に入っていった。
英明は再び車に乗り込んで、しばらくじっとしていた。普段は10時頃に帰宅する毎日だったが、今日は早い時刻に学校を出たこともあって、まだ9時を少し過ぎた時刻だった。美穂に気づかれないようにいつも通りを装うことにした英明は、そのまま車で過ごし、10時前になって自宅のガレージに車を入れた。
その夜、英明は寝室のベッドでなかなか寝付かれなかった。すぐ隣で美穂が小さな寝息をたてている。
「(美穂が誠也と……)」
玄関前で美穂が車を降りる時の様子からして、それが初めてのことではないのは明白だった。運転席から顔を出した誠也は美穂の手を握り、お互いが目と目を見つめ合って穏やかに微笑みながら何か言葉を交わしていた。
「(いつからだろう……)」
思い当たる記憶はほとんどなかった。美穂はこうして毎晩自分の横で眠っている。家事も手を抜かない、やりくりもちゃんとやっているし、真琴への接し方も世の中の母親のレベルより上だと思っている。自分に対しても独身の時から変わらない優しさと思いやりを保っている。人前では自分を立て、美穂自身は決して出しゃばらない。
最高の妻ではないか。
だが、知ってしまった。その『良妻』の秘密を……。しかも相手は自分の甥だ。毎週娘の真琴の家庭教師として家に来ている誠也だ。
「(あいつが家庭教師に来るようになってからだろうか……)」
英明の心の中にふつふつと熱く濁った感情が湧き上がってきた。
◆
英明は翌週の月曜日、朝の内に秀島あかりにメールを送った。放課後、戸締まりをしに行く時に数学科の教材室で待っていてくれ、と。
毎週月曜日は県教育委員会からの通達で、部活動を全面休止にすることになっていた。そしてできるだけ定時で退勤するよう職員には伝えていた。英明の教頭としての人望の厚さも手伝って、それを職場の誰もが守ってくれていた。だから月曜日は教頭の英明もいつもより早く帰ることができるありがたい日なのだった。
生徒たちが下校した後、職員はいつもより早く仕事を切り上げて三々五々帰宅していった。そして6時頃に戸締まりをするため職員室を出た英明は、あかりと約束した通り、数学教材室に足を向けた。
室内の机に向かって、あかりは二年生の数学の教科書を広げていた。
「秀島さん」
あかりは焦ったように立ち上がり、何も言わずに英明に抱きついた。
「今日は……君の気持ちに応えたい」
英明はごくりと唾を飲み込んでようやくそう言った。
英明は後部座席にあかりを乗せて、『ピンクエリア』に車を向けた。
そしてその一つ手前の交差点を過ぎたあたりで車を路肩に駐めた。
「本当にいいのかい? 秀島さん」
「ありがとうございます、先生、嬉しいです」
あかりは胸の前で指を組み、うっとりとした表情で英明を見つめた。
ホテルの客室に入った英明とあかりは、緊張したように上着を脱いだ。
「先にシャワー、どうぞ」
英明が言った。
あかりはこくんとうなずいてバスルームに入った。
シャワーの音がしている間、英明は少したばこ臭いソファに何もせずに腰掛けていた。やがてあかりがローブ姿でバスルームから出て来ると、英明は立ち上がり、決心したようにネクタイに手を掛けた。
「先生って冷静でいらっしゃるんですね?」
「え? どうして?」
ネクタイをほどきかけた手を止めて、英明は訊いた。
あかりはうつむいて小さな声で言った。
「あたし、学校で押し倒されるって覚悟してました」
「そんな乱暴なことしないよ」英明は苦笑した。
「よくあるじゃないですか、職場で我慢できなくなった男の人がその場で……」
「それはAVの世界だろ?」
「先生はちゃんとこういう所に連れてきて下さるから、やっぱり紳士的な方なんだなあ、って、あたしちょっと感動してるんです」
英明は困ったように頭を掻いてシャツのボタンを外した。