7.結婚生活-4
「ねえ、マユミ」
カップを持つ手を止めて、マユミは美穂に目を向けた。「なに?」
「あたしね、この子を産んで英明さんのことはますますかけがえのない人に思えるようになったんだけど、その……」
美穂はそこまで言って口をつぐんだ。
マユミがばつが悪そうにうつむいた美穂を見て、カップを静かにソーサーに戻した。
「忘れられてないんでしょ。誠也君のこと」
美穂はうつむいたままかすかにうなずいた。そして小さなため息をついた。
「もうあの人のことを忘れることなんかできないんじゃないかって思い始めたの」
「なんで忘れる必要があるのよ。それでいいじゃない、彼を好きなままで」
「だって、それって問題じゃない。結婚した以上愛する人は一人だけって決まってるじゃない」
美穂はそれでもすがるような目でマユミを見た。
マユミは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「あたしはもちろんだけど、ケニーも真雪、健太郎二人とも愛してるよ。どっちか一人だけなんて絶対できない」
「二人ともあんたの子供じゃない。そんなの当たり前よ」
「真雪は結構活発でよくしゃべるしいつもにこにこしてる。でも健太郎は大人しくて落ち着いてる。タイプが違う二人だけどあたしたちは同じように大好きだよ。それにケニーはあたしを愛してるし、あたしも彼は大好き」
「それって要するに『家族愛』でしょ? まあ、ケニーにはそれプラスαの愛情もあるでしょうけど」
「ケニーのことが好きだと言っても、いつも抱かれて気持ちよくなりたいって思うわけじゃないよ。話をしてるだけで幸せって感じたり、手をつないでるだけで癒やされたりすることもよくある。きっと子供たちが成長すれば同じことするし、今だって健太郎や真雪にあたしキスしたりするよ? そう考えると恋人と家族の違いってなんだろう、って思うこともあるなあ……」
美穂は黙ったままマユミの顔を見つめていた。
「何でもかんでも選ぶ時は一つだけ残して後は捨ててしまえ、好きになる人は一人だけじゃなきゃだめ、なんて不自然だし、どだい無理だよ。人の心はそんなドライに割り切れるもんじゃないよ」
美穂は静かに言った。
「あんたの言いたいことは何となくわかる」
腕の中で眠っていた真琴が不意に小さく手足を動かし始めたので、美穂はその顔を見ながらゆっくりと揺らしてあやした。小さな愛らしいため息をついて、その幼子は再びすやすやと眠り始めた。